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Taku's World

2016/02/28

私の顔は?私が私でなくなる瀬戸際

羽田からバンコクへ。入国審査。女性審査官の後に並んでいたら、男性審査官が戻り、隣の列に移るよう指示され、審査官の前に。しかし、許可が下りない。審査官は何度も何度もパスポートを見直している。そして、もう一度、そこを見ろという指示。見れば、そこには小さなカメラがある。彼はそのカメラが捉えた私の顔とパスポート写真を比べているのだろう。それで許可が下りない。パスポート写真は5年前、2011年8月のもの。さらに審査官の「審査」が続く。この人物は、このパスポート写真の男と同一人物か、と疑っているのだろう。私?何者?私が私でなくなる瀬戸際だった。これで別室に案内されたら、尋ねてみようと覚悟した。「私は何者でしょう」と。私の顔は彼にとって実弾や薬と同じレベルということだ。果たして…。10分程して、ようやく許可が下り、微笑みの国?タイランドへ入国。この5年間、審査官が疑うほどに顔かたちは変化していたのだろうか?

2015/02/07

大失態。でも誰もがやりそう。小田急さん。

新宿発16時50分の「さがみ」に飛び乗ったつもりであった。予約した9号車12番A席の前に行ったら、ABとも乗客が座っている。??B席の客が切符を見せてくれた。間違いない。??確かめに降りようとしたらドアが閉まるではないか!!。??それは16時40分発のEXEで、16時50分発ではなかった。どうしたものか。車掌に告げたら町田で下車して、普通電車に乗り換えて、次の相模大野で予約した列車に乗れという。果たして、町田でほとんどが下車。車両はガラガラ。私の予約を確認さえすれば、そのままでも何にも影響はなし。車掌は見事なまでにマニュアルに忠実だった。それに、「迷惑な客だ」という気持ちが、発する言葉のはしはしから伝わってくる。まるで、罪人を見るような目つきだ。そうです。そうです。私が慌て者で悪いんです。それでも、私は町田で降りて片瀬江ノ島行きの普通に乗り換えたが、案内がなかったので、片瀬江ノ島行きのこの電車で相模大野に行けるのかどうか不安だった。私が確かに予約購入していることを確かめれば、そのまま空いている席にどうぞでよかったのではないか?やはり駄目ですかね。ちなみに相模大野で乗り換えた次のEXEの9号車も乗客は私ともう一人。前の電車と同じだった。さて、新宿では16時40分と50分。間は10分。車両は同じEXE。よほどアナウンスしないと間違えますよ。小田急さん。

2012/06/24

1日2万歩と街道踏破

昨日(6月22日)は午前4時頃からの猛烈な雨で朝の散歩は断念しました。日課となっている朝の散歩は午前5時に我が家を出発。6時15分に帰着するというものですが、この間歩数は8200歩から8500歩ほどです。1日2万歩を課している私としては大きな決断で、こんな日は2万歩を断念するか、夕刻にこの分を取り戻すかになります。昨日は、激しく降り注いだ雨が次第に小降りになり午後には雨が上がって、結局夕刻、やや散歩コースを変更して9千歩ほど稼ぎ、2万495歩。かろうじてですが、課した2万歩をクリアしました。
 さて、どうして2万歩かということです。この2万歩というのは絶妙で、以下の三つがないと到達は不可能です。一つは朝の散歩による8500歩。二つは通勤による5000歩ほど。三つは昼休み、昼食後の散歩で3500歩ほど。それに1日の行動の中で動き回る中での1500歩ほどが加わります。それらをすべて足しても18500歩程になって2万歩には届きません。この足りない歩数をどうするか?ゴミの日であれば積極的にゴミ捨てに行って9千歩ほどにします。昼の散歩でも決まったコースを歩き、時間を計りながら歩数確保に努めます。職場でも意識して動きます。こうすることで、辛うじて2万歩のラインに到達するのです。後500歩足りない等というときは夕食後ちょっと家の周りを軽散歩してきます。一回りで十分です。このことが大事です。500歩程度なら手が届きます。2000歩程なら何とかしようという気力も出ますが、5000歩、1万歩となるともう諦めてしまいます。人というのはそれほど意志が強いものではありません。でも、小さな目標、手が届く目標を続けることはできます。続けるところに意志が働きます。これが大切だと実感しています。

 平成24年6月10日に日本橋に到着して、お伊勢参りとその帰還の旅が終了しました。これも少しずつです。何と日本橋を出発したのは2006年8月16日。品川から川崎に至ったのが、2006年10月21日。川崎から神奈川・保土ヶ谷に向かったのが何と翌年の6月17日。伊勢神宮に至ったのはさらに先の2008年の3月16日ですからずいぶんと時間がかかりました。帰りの旅を始めたのは2010年1月ですからこれは2年後です。そして往復完結が2012年6月。日本橋・三条大橋間は33日間。復路の三条大橋、日本橋は18日でしたから、ずいぶんと間延びしています。どうして、これほど間延びしながらも続けられたのかと言えば、やり始めたのですから、途中で止めるのはもったいない、その一念でした。続けていることに揺り動かされた6年だったということです。
 もう一つあります。旧東海道、日本橋・京三条大橋間はすでに往復踏破していました。それらを振り返って、一番おもしろかったのは最初の日本橋から京三条大橋に向かう旅でした。常にはじめてで未知なのです。その未知がもたらすドキドキ感が疲れを忘れさせ、引っ張ってくれました。新しいものとの遭遇は人をずいぶんとアクティブにするようです。

2012/03/24

このすばらしい日本人

 未だに顛末が不明ですけれど、21日の朝、出勤の支度をしていたら愛用のペンケースが見つかりません。皮のケースの中身は万年筆2本。太めのパイロットのカスタム823にセーラープロフィット21で、2本ともかなり高級。さらにパイロットシャープペン、カスタム74に同じくグランセ。双方で1万円ほどするものです。万年筆タイプのサインペンも入っていました。それが見つからないのですから、ペンケースがない、ないと大騒ぎです。
 前日に私は沼津発7:00の東京行き5号車3D席で品川まで乗車していました。帰りも東京発16:22に沼津行きグリーン車6A席で帰ってきています。行きの電車の中で、このペンケースを開けて中から水性ボールペンを出したのは覚えています。しかしながら、品川で降りるときに座席は確認して、総武・横須賀線に乗り換えています。忘れた覚えが全くありません。どこで紛失したのでしょう。最悪はリュックの中から落ちたのが気づかなかった場合です。
 21日、帰路ひょっとすると帰りの車輌?と思って沼津駅の改札で確かめましたけれど「ありません」という返事。それに車輌はJR東日本のものですので、そちらにお訊ね下さいと電話番号を案内されました。帰宅し、ただちに案内先に確認電話を入れましたが、「ありません」とのこと。すっかりしょげ返っていました。
 翌日、ふと思い出して、飯田橋にある警視庁遺失物センターに電話を入れましたが、電話ガイドでは分かりません。ただインターネットに検索サイトがあることを知って、アクセスしたら筆入れの遺失物があることだけは分かりました。それで、再度前日案内されたJRの案内に電話を入れてみたのでした。すると、何とそれらしきものがあるという回答です。しかも、それは私が乗車した東海道線、沼津発7:00のグリーン車からの拾得であることも分かりました。さらに担当官は東京駅八重洲口の遺失物センターに連絡をとってくれ、二度三度と電話をくれて確かに私が紛失したものであることを確認してくれたのでした。
 すごい!
 私自身がどこで落としたのかも覚知していません。恐らく、私が車内で使用した後、空席だった隣席にリュックを置きましたので、リュックに入れたつもりが座席に置いて背もたれとの間に紛れたのだろうと推測しました。
 東京行きの東海道線は品川から新橋を経て終点東京まで行きます。そこで下りの電車に早変わりです。わずかな時間にそのためのシートチェンジが行われます。その短い作業の際に係員が見つけたのでしょう。それが、遺失物センターまできちんと届くのです。そこがすばらしい!何という日本人のすばらしさ!
 ペンケースの中身は5万円を下りません。氏名を彫り込んであるパイロット823は別としてセーラーもシャープ2本も、牛革製のなめし革のペンケースも売り払ってしまえば、それなりに値が付くはずです。しかしながら、それを我がものにせず、きちんと届ける、届けた先は問い合わせに懇切丁寧に対応する、日本人というのは何とすばらしいことか!日本の治安のよさは、Kobanの存在でもなく、防犯体制でもなく、一人一人の清い生き方の中にあるような気がしてなりません。
 つい先日訪れたベトナムではガイドからリュックは前に背負ってください、モバイルはしまっておいて、一人歩きはしない、眼鏡も注意とか、持ち物の安全をこと細かに指示されました。15年ほど前に出張したブラッセルでは、空港のロビーでベンチに座り、首からかけていたカメラを外し、横に置いて汗を拭って、ふと横を見たらもうカメラが無くなっていました。
 何という違い! 本当にすごい!

2012/02/07

退職後のボランティア

  2月5日(日)は地区一斉の海岸清掃でした。狩野川河口から西へ田子の浦港に至る、およそ10㎞に及ぶ海岸線は、千本松原と呼ばれ、日本100景、日本の白砂青松100選にも選ばれている名勝です。しかしながら、かつては藪に囲まれてうっそうとしていた千本松原も海岸線に防潮堤が築かれて以来、松枯れがおびただしく伐採せざるを得ない松も少なくない状況です。この松林の惨状を憂い、松林保全のためにボランティアに勤しんでおられる方々が数多くいらっしゃいます。
 千本松原は波打ち際から防潮堤までは100㍍近い砂利浜を従えていますが、台風時等の高波は防潮堤近くまで押し寄せてこの砂利浜にゴミを置いていきます。富士川(時として狩野川の物も)や近くの放水路の漂流物が流れ着くのですが、人間はこれ程ゴミを出しているのかと思うくらい、ビニールゴミにプラ容器、流木、紙類など、生活廃棄物が海岸線を覆っています。それを住民総出で拾うのが恒例の浜清掃です。何しろ広い。その広い砂利浜のゴミを拾うとなるとその広さが途方もなく感じられて、夏場などは勘弁して下さいと申し上げたいくらいです。
 ところが、どういうわけか今回の浜清掃では拾うべきゴミが見つかりません。ゴミ拾いならぬゴミ探しのような供役でした。
   聞くところによれば、30代の青年がボランティアでこの海岸線の美化活動に取り組まれているとか。(当然敬語です)「富士山が見える海岸がごみだらけでは」というのが、この名前も知らぬ青年の動機のようですが、当然無給です。頭が下がります。頭が下がると同時に青年をこのようなボランティアに駆り立てているのは何か?と考えざるをえません。

  阪神淡路大震災ではボランティア参加者数は1日2万人超。3か月で延べ117万人とも言われました。平成7年がボランティア元年と言われるゆえんです。余談めきますが、阪神淡路大震災と東日本大震災との111日経過時点での双方のボランティア数を比較した珍しい統計があります。阪神淡路では総計1,193,700人、1日平均10,756人。東日本大震災は499,300人で1日あたり4,498人となっていて、阪神淡路大震災に比すと3.11は桁外れにボランティア数が少なくなっています。そうは言っても週末に参加者数が一挙に増える傾向があるのですから決してボランティア熱が冷めたわけではないでしょう。今なお続く余震。福島原発の放射能の影響。近隣から支援にいくどころか被害が広大で甚大すぎてボランティアの入りようがないというのが実情でしょう。ボランティア熱の高まりに陰りなし、こう申し上げていいと思います。
 千本松原の保全活動にも地元の有志が複数の団体を作ってたずさわっていますが、枯れ松伐採、下刈り、ゴミ拾い等々、機材を持ち込み黙々と作業に打ち込んでいます。もちろん無償のボランティアです。
 このようなボランティア活動に現役を終えた退職組が取り組むのは心情的には共感を覚えます。齢を重ねるほどに価値観の重きは「心」に移っていきます。一線を退き、職縁社会とも遠くなっていくと社会有為な存在として自分の生き場所を見つけはじめます。ボランティアを通した仲間とのつながりもボランティアに走らせる一つの要因でしょう。そう分析すると人間というのは本当に社会的な生き物であり心をよすがにする生き物だと思わざるをえません。
 青少年犯罪の要因の第1位は1960年代までは経済的理由。1970年代以降は存在感の喪失だそうです。子どもたちに潜む寂寥感、孤独感は、その後の人生に深く影を落とします。必死になって自分のより所を求めて生きる。この青年を浜清掃に駆り立てている背後にはそんな来し方がもたらす存在感の喪失があるのではないか。私はそんな風に感じ取っています。退職組のボランティアも同じ心持ちです。
 私にしても現役を退いた今は現役と変わらぬ職務といっても日給にして約6000円。時給にすれば手取り730円程です。現役時代は1日約2万円超の給与。講演しても講演料なしですから時給の730円がいわば講演料です。それでも働いています。収入に拘泥なし。考えてみれば仕事というよりボランティアと申し上げた方がいいでしょう。加えて地域の役職依頼もついて回るのですから、61歳はやはり現役とは違います。
 日本人は不思議です。45歳ナイスリタイアが理想、その後は貯めたお金で世界を回りたいとナイスブリティッシュは夢を語っていました。ずいぶんと感覚が違います。必死に世間に縁(よすが)を求めて生きていこうとするのが日本人で、それは欧米人の理解を超えているでしょう。その欧米人の価値観にも時代の変化が生まれています。

 Muenchen で出会ったecoproject、MobilSpiel の若き活動家、Steffi Vreuzinger は、こう語りました。

 「人々の関心は満足した生活を求めることから心の問題に移ってきている。豊かさとは、精神的な充足感に包まれていることだ。」

 分かりますなあ。家に居たって退職組は殆ど爺・婆の2人ですから。でも、30代青年とリタイア組とが同じような心境になっているところに世相があると思いますがいかがでしょうか?

追 若者のボランティア参加は大歓迎です。でも気になります。JICA青年海外協力隊への参加が激減しているのだそうです。どうしてでしょう?

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