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Taku's World

2022/11/28

日本敗戦の予感

日本は負けるのではないか、そんな予感がした一昨日から昨日だった。予感がしはじめたのは、連日、マスコミ報道は日独戦一色。もう予選Gを通過したような報道ぶりで、日本中が浮かれ立っていたこと。今やサイバー空間とフィジカル空間が融合した時代。SNS等を介して、国内のかような気分がカタールにいる選手達に伝播しないわけがない。緩みを呼ぶ。実際、ドイツ戦に比し切実感や挑む雰囲気を感じない試合だった。二回目によぎったのは、カタールとの時差が6時間と知ったときだった。午後7時のキックオフ。現地では午後1時。気温は26度から31度だという。コスタリカの平均気温は26度。ぴたりだ。比較的涼しい欧州でプレーする選手が多いJapan11とでは、暑さのリスクが違う。札幌、ミュンヘン、ミルオーキーだ。3回目の予感はJapanの先発メンバーを見たとき。監督は、この戦いに勝負をする前にスペイン戦が過ぎっているのではないかと感じた。コスタリカ戦が予選Gを通過する鍵になる、そうとは思わなかったのだろうか。コスタリカには普通に勝つと思い込んだのではないか。一番苦言を申し上げたいのはマスコミ。視聴率稼ぎに走ったと思う。まるで受験生の点数稼ぎと同じだ。ついつい、私もコスタリカには普通に勝つと洗脳されていた。

2022/10/27

アナウンサー 正しい日本語を

今朝のテレ朝。Goodモーニング。アナウンサーが「挙式をあげました」だって。「式をあげました」だろうに。注意しないと、この種の?が結構ある。かつて、旧中仙道を一日中、山道との賜った有名アナウンサーもいたが。

使って20数年。Chair2脚処分。

書斎を少しずつ片付け始めた。断捨離?そこまでいかないな。片付けただけ。PC前のChairは25~26年使った物。座部はすり切れてしまっていた。片付けた書斎を見て家内が私からのプレゼンとナフコツーワンライフで新品Chairをプレゼントしてくれた。フェイク皮だが、重役Chairみたいだ。だが、これが一苦労。在庫ありで段ボールに梱包された商品を自宅で空けてびっくり。組み立てなければならなかった。大変だった。座部と背部をくっつけるのに大仕事。なかなかはまらないのである。自分で組み立てるChair等初めてだった。やと完成。大きな椅子に包まれるように座った。もう一つ。これはもっと古い。見た目は状態もよく捨てる必要なし。しかし、がたがた揺れるようになった。この二つを本日の埋め立てゴミで処分。集積所まで運ぶのに一苦労だった。集積所で一言。これ捨てるの?まだまだ使えるよ。庭でひなたぼっこにいい。よろしかったらどうぞ。
椅子が新しくなったので。でも、座っても頭が機能しなくなった。一同笑い。

2022/08/26

書斎の整理=終活

書斎の片付け、整理で1日を過ごした。思い切った。平成9年、教課審の配付資料を全部捨てた。おそらく、国研や国会図書館以外には現存していないであろう内部資料も含まれていた。捨てることは決別。教育展望に更生保護、それらも捨てた。どさりとあった各種会議資料。そこに掲載された関係者の名簿は全てシュレッターに掛けた。我が書斎、1/3は近世文学研究類。学生時代にのめり込み、新採時代に買い足したものが捨てられない。定本西鶴全集、古典文学叢書、徳川文藝類従全巻、寺島良安の和漢三才図絵に人倫重宝記、近世文学資料類従、日本庶民文化資料集成、日本文学史全巻。折口信夫全集、まだまだある。それに日本古典文学大系全巻、これは100巻を超える。学生時代に購入したものは700円から1000円。今や3000円から5000円だ。捨てられない。これらをやがては市立図書館に寄贈しようか。近世文学研究者には必須。暉峻康隆の「西鶴の評論と研究」は昭和40年代後半には2万5千円もした古本。すべて読んだわけではないが、それらを活用した体験は、例えば、髙田郁の「みをつくして料理帖」や「あきない世傳」を読む際にはバックDataになった。和漢三才図絵等公立図書館ではまず所蔵していないだろう。アルバイトに出て、いただいたアルバイト代をもって神保町の古本屋街に飛んだ頃の名残である。この後には教育書が並んでいた。そして、PCソフトの箱が。私の人生そのものである。某大なフロッピーにMO、CDにDVD、これらをどう処分しようか。

2022/07/25

ホスピタルの滞在に

〇急に喉が痛みを感じたのが12日の夕刻。13日は結構痛みを感じて、明日に備えた。明日は定期検診で、その後には、数軒訪れて、所用する予定が入っていた。この「訪れて」が心配で、定期検診をしている主治医のところで、喉の痛みを話したら、相手にされなかった。うちでは対応していないの一言だ。そうなら、内科、耳鼻咽喉科へ等とアドバイスしてくれればいいものも、それすらなかった。もう主治医はやめるか。仕方なしに、コロナ検査可能な近くの内科医を訪れた。病院では別室に案内され、防御服をまとった看護師に、どうします?PCR検査にしますか?抗原検査にしますか?と訊かれたので、早く結果を知りたい私は抗原検査と申し上げた。しばらくして、完全防御の先生が、鼻の中をごしごし。10分を待たず、陰性ですという。それなら、この喉の痛みは何だろうと聞くと風邪でしょうと風邪薬を処方された。この後、3カ所ほど訪れて所用を済ました。検査は、その支障をなくすためだった。それらも終わり、家に帰り、処方された薬を飲んだが、一向に喉の痛みは消えないばかりか、熱も上がってきた。37℃を超えたところで、不安はますます増幅。抗原検査をすり抜けたコロナかと案じた。喉の痛みは激痛に。15日、16日と、氷でのど元を冷やしても変わらず。深夜にベッドで転げ回った。思い出したようにかつていただいた飲み残しのカロナールを飲んだが、収まらない。17日も同様。18日になって耳鼻咽喉科の当番医が本市にやっとやってきた。開院と同時に当番医へ行き、しばらく待って診断を受けた。鼻からカメラを入れて、即座に、これは手術に点滴だなと診断。市立病院への紹介状を書いていただいた次第である。風邪薬はすぐに捨てなさい。で、処方された投薬を昼から飲むと痛みはどんどん減少していく。風邪でないのに風邪薬を飲んだって効くはずがない。当然なことだ。
〇翌日、市立病院へ。開院一番で飛び込んだが、入口でストップ。紹介状を持っていても、喉の痛みでは入れられないと病院スタッフ。やがて、看護師が見えて、紹介状を受け取って消えた。しばらくすると、診断するが、PCR検査を受けてくださいとのこと。1度家に帰って、10時の検査まで待機して、再び市立病院へ。プレハブの検査小屋に入ってPCR検査。結果を待つまで隔離された待合室へ。約1時間後、陰性であったことを告げられて耳鼻咽喉科へ。ここでも待った。受診者は誰もいない。のに待った。12時を回って、やっと診察室に呼ばれて、冷凍の麻酔剤を口に。喉奥でゆっくり溶かして、麻酔が回るのをまったが、効いてきた気配がない。そうして、やっとDr.に。麻酔注射を打つという。歯医者の治療と同じと言うが、麻酔が効いてきたときの、あのしびれ感が全くない。それでも注射。思わず顔をしかめた。それでもいよいよ手術。喉の奥を切って、そこから扁桃腺回りにある膿を吸い出すのだという。切開が始まった。だが、麻酔が殆ど効いていない。悲鳴を上げた。痛い。それでも手術は進む。激しい出血である。涙を出しながら我慢して、手術終了。時計を見たら、14時25分。??である。私の感覚では夕刻。時計が狂ったかである。
〇こうして、入院生活が始まった。その日の夕食。病院食でも美味しいこと、美味しいこと。当然である。今まで痛くて痛くて食事が喉を通らなかったのだから。
〇入院生活。病室での携帯は禁止。この場合は、通話のこと。スマホやPCは許可を必要とすること。内部をSNSに投稿すること禁止。家族との連絡はメールが唯一の手段。WIFIは当然のごとく走っていない。後から入ってきた隣室は、スマホだろう。笑い声を出している。早朝5時前からである。おそらく、スマホ画面を見ているのであろう。そういう私も、昼間はPCでプレゼンを作成していた。
〇食事に水やお茶が付いていない。コロナ禍だからであろう。その分、休憩室に自販があると看護師に教えられえ、お茶や水を購入しに行った。入院中、かなりの量だった。点滴をしながらの歯磨き、洗面、それにトイレは不自由だった。あのポールを引きずって歩くのである。
〇読書が進んだ。わずか3泊だったが、文庫本2册を読了。
〇流石に入院である。血糖値を計る、血圧を測る、点滴の様子を覗って交換。医師の定時検診。早朝から深夜、そして早朝。1日に何回、見えただろう。相当に世話になった。喉元を手術してしまってからは、健康人同様だから、この入院生活を楽しんだ。4人の相部屋。それぞれの病状や状況が聞こえてくる。病院にはソーシャルワーカーも居て、患者の面倒を見ていた。相部屋も個室と同じ。それぞれ、交流しているわけではなく、別個の生活をしている。互いにカーテンの中で個の生活をしている。他者に負担をかけないよう自粛するのが普通。だが、全員、そういう人だとは限らない。難しいものだ。

2022/05/25

70代、人生は自分が創る 雲外蒼天

 開いてみるものである。6月に奈良・京都方面を終活旅行しようか等と戯れ言から、奈良を下調べすべく、サライ11月号秋麗特大号を開いてみたら、どきりである。サライ・インタビューに登場していたのは稲田弘。肩書きにトライアスリート・88歳とあった。しかも、トライアスロンに70歳から挑戦したという。この気力に完敗。67歳で妻は逝き、その後は1人。トライアスロンを軸に食を管理して生活を創っている。気力もさることながら財力にも完敗。同じ人に若宮正子さんがいる。御年87歳。世界最高齢のプログラマー。いくつかの政府の審議会などの委員も務める。この人も67歳でパソコンを手にして、退職後を創っている。生活は創るもので、あるのではない。自分が創っていくのである。故長瀬省吾氏は仰った。70代が一番辛い。確かに。早速にその辛さを味わっている。いくつかのオファーを失い、何もない。何もないから自分で創る。その辛さ。来し方が偲ばれて、それで良かったのかと問うてくる。これも辛い。「雲外蒼天」、みをつくして料理帖巻1で、易者水原東西に澪が言われた運命だった。雲外蒼天、そう思って己の生活を処していかなくてはならないのだろう。

 

2022/05/04

久しぶりの投稿 中古本

久しぶりの投稿。4月に入って髙田郁の「みをつくし料理帖」にはまって全12巻をあっという間に読み尽くした。すべて中古本。平均して1冊260円程度。難点は、注文から手元に届くまで1週間から10日かかること。読みのペースに間に合わないことだ。全品、新品に近い。帯がついて、中には、新本についているガイドまで入っているのもあった。本体価格は1円から10円くらい。その他は送料。これで利を稼いでいるのであろう。後に知るのだが、中古本のよさは初版本が紛れ込んでるということ。このシリーズでも7~8册が初版だった。一気に読み進めて、このお話の舞台が面白くなって、江戸街考証をした。舞台は千代田区神田。九段坂下から俎橋、神田小路、昌平橋、神田旅籠町、同金澤町、同御台所町、同朋町、要するに神田明神下一帯。面白い。このことについては次に。

2022/01/16

本市の津波被害

深夜午前1時同報無線とスマホに起こされた。津波警戒警報の知らせである。早速にスマホで情報収集。本県では、御前崎、焼津、清水、本市内浦、石廊崎、下田が取り上げられていた。ううん?我が居住地は駿河湾のど真ん中。あって当然がない。なぜ??である。しかも、我が町は堤防が一番高く、次第に浮島沼へと標高が下がっていく。堤防を乗り越えられたらもうだめである。御前崎、石廊崎、下田は分かる。太平洋に直面しているからである。駿河湾に侵入した津波は焼津、清水に達し、その後はどうやら東進し、内浦湾に達する。つまりは、海岸に沿って横走りするらしい。これは素人の俄勉強で推測。裏付けるように我が町には高潮、高波、それに潮風の被害はあっても、津波の被害はかつてないようである。仄聞ながら、急深かな海岸であることが一つ、それに東に津波は進むからと聞いたことがあった。だから、内浦湾に近いほど想定被害は大きい。ハザードマップにも原、片浜は載っていない。内浦があれば、当然、西浦、静浦地区も同じであろう。ハザードマップは、第三校区、第四校区も記載する。大きな地震・津波の場合、内浦に進行を遮られた波が、狩野川を逆流すると理解している。市役所は御幸町。狩野川の堤防を越えられたら、市役所は機能不全。困った。ついでながら、我が町の懸念は元の浮島沼(たんぼ)を造成した新興地に液状化現象による被害が甚大となることでしょう。追 元吉原は、高潮、高波の被害(津波ではない)で、宿場を移して左富士の中吉原へ、そこからさらに現在の吉原本町へ。それが五三次吉原宿。旧東海道は吉原宿から南下していく。元は元吉原からどういうルートを描いたのでしょうか?

2021/07/01

1億総アルコール依存症?家飲みいいぞー

最近のコロナ渦におけるお酒の話題をみていると、日本人はいつから1億総アルコール依存症になったのかと思ってしまう。居酒屋もお酒売り上げがないとつぶれてしまうとか。昔、我が町には気概のある中華料理店があって、お酒を注文すると、親父は、「お酒?」そんなもん、うちで飲むと高くなるから近くの酒屋で買ってこいと宣う。料理店だから料理で稼いでいると言いたかったようだ。おいしく廉価。そういえば、台湾の夜市もそうだったね。アルコールを探しましたよ。
私もお酒は好きな方で結構たしなむ。吉祥寺の「いせや」なんて大好きだね。飲み鉄だった。しかしながら、コロナ渦の最近はもっぱら、家のみ。TVに映る路上のみなんて下品でお酒を馬鹿にするなと言いたいところだ。静岡県富士市に薬物・アルコール依存症の専門病院があるが、スタッフが嘆く。せっかく退院してもすぐに戻ってくる。町中に入ればコンビニでアルコールは簡単に手に入る。それで再びアルコールに手を出す。なんだか、あの画面見ながらその話がダブってきましたよ。君らはアルコール依存症かと画面に向かって言っていた。しかも、高田馬場に渋谷。不思議に田町や本郷、中央線沿線の光景ではありませんね。(これは毒舌か)
家飲みはいいよ。家飲み昂じて最近はシェフだ。つまみに料理は自作。アルコールだって食後酒はカクテル自作だ。家のみだからアルコール原価は安く、その分、質や量は上等。優雅にクラシックなど聴きながらグラスを傾ける。最高だね。もっといいのは、飲んで、その後はバタンで眠りに就く。やってみないか、若者達。

 

2021/02/03

本日立春124年ぶり 去年今年貫く棒のごときもの

本日、2021年2月3日、立春だそうだ。昨日2日が節分。24節季の調整から2月4日立春が狂うらしい。節分と言えば2月3日と思い込んでいたが、突然カーブを投げられたようなものだった。昭和58年は2月5日だったらしい。2月3日と逆パターンだ。昨日で恵方巻き騒ぎは収まるだろう。あれ、あんなに作って後はどうするんだろう。相当に売れ残るだろうが、是非本日以降も販売してほしいものだ。
高浜虚子の句に去年今年貫く棒のごときものというのがあるけれど、旧暦では新暦元旦は11月16日。赤穂浪士討ち入りは新暦では1月30日だ。旧暦、新暦を合わせ見ると、節分、立春等というのは何だ?という気がしてくる。去年も今年も私にはありはしない。貫く棒のような私は居るけれど。何を貫いて生きているんだい?虚子にそう問われているような気がしてくる。

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