無料ブログはココログ

Taku's World

2018/04/19

無様な東大卒高級官僚

2005年6月17日私のHPにかような一節をUPしたのを思い出した。福田次官も佐川氏も小中学校時代は恩師から見れば自慢の子どもであったに違いない。だが、年齢を重ね地位も上げて官僚社会での振る舞いを見ると、このエリートたちの教育が何か間違っていたように思えてならない。

…略…中学、高校で子供たちが受けた苦しい訓練と抑圧は、不思議にも大学生になったとたん消え去る。成績評価はてぬるいし、企業は成績にはほとんど無関心だ。大学を卒業し就職すれば、大学で何を学んでいようと関係なく、新入社員研修で一から訓練を受け直さなくてはならない。大学の勉強は将来にほとんど影響しないので、高校を卒業すればあとの4年間は遊んで過ごすだけだ。
…略… 東京大学はまさにエリートの頂点に立つ大学だが、欧米の基準で見れば学問の園どころか学問の墓場である。大学本来の一大目的は学生に社会奉仕精神、一種の倫理観を育てることだが、東大では全く心得ていない。卒業生はまっすぐ政府の省庁に入り、そこで賄賂を受け取り、暴力団に金を貸し、カルテを改竄し、河川や海岸を破壊する計画を立てる。─同僚も教授も、それに対してうんともすんとも言わない。先進国の名だたる学府で、世界にも自国の社会にもこれほど貢献していない大学はまずないだろう。
これは、Yale 大で日本学を専攻し、Oxford大で中国学を修めた後、慶応大に通いながら日本の茅葺き屋根を修復して歩いた「美しき日本の残像」「犬と鬼―知られざる日本の肖像」の著者アレックス・カーの愛する日本に向けた近親憎悪にも似たような日本の教育制度批判だ。「大学で 4年間、つまらない講義を受け、ほとんど勉強しないで無為に過ごすのは、効率優先の国にしては信じられないほどの時間の浪費ではないか。」とすれば答えはただひとつ、日本は本当は大学など必要としていないとしか考えられない。こう言い切るのは、エドウィン・ライシャワー元駐日大使。日本の教育が真にめざしているのは「教育」ではなく「去勢」だ。(元厚生官僚の故・宮本政於氏)…略…

2018/03/18

座席指定大失敗

ANA809便。Cクラスで5kを指定。富士山が見られるとの判断だったが、何とこの席は座席の横は窓が前の方に一つだけの特別席。加えて富士山付近では眠りの中に。とほほ、でした。座席指定で4を避けただけだったが。

2018/03/10

国保、税金に悲鳴。生きちゃいけない。

参りましたね。家内が深刻な顔をしている。78,900円。これは、二人分の毎月引かれている国民保険料。市県民税は2か月で58,600円。固定資産税3か月で38,600円。それに、冬場の電気代2万円、下水道代。年金は介護保険料を引かれて15万くらい。さらに所得税。年金消えちゃうよ。それに年齢制限で働きどころなし。どうやって生活するん だろう。これじゃあ、マレーシアかタイか東南アジアにでも引っ越さなくては生きていけないかあ。

2018/03/04

今日は町内河川清掃

本日は朝8時から町内の河川清掃。町内会員約1/4の200名強が参加してのボランティアだった。殆どゴミはないかと思われたが、出るわ出るわ。ビール缶、コーヒー缶、ペットボトルにその他。いいかげんにせんかだが、こうして供役に参加する人たちに感謝感謝。家族連れで、子どもに同じことやらせているお父さん、お母さん、立派です。一人一人がこれらゴミを持ち帰っていれば、こんな休みの日の供役は不要なのにね。

2018/03/01

1994年生まれと教育体制

平昌オリンピックで活躍した羽二生選手の同世代、1994年生まれが話題になっている。何しろ凄い。 フィギアの羽二生弓弦、野球の大谷翔平、水泳の萩野公介に瀬戸大也、柔道のベイカー茉秋、バドミントンの 奥原希望、卓球の丹羽孝希、レスリングの川井梨紗子に土性沙羅、スピードスケートの高木美帆に サッカーの南野拓実。まだまだいるはず。戌年生まれだからワンダフル世代だというのは茉秋選手。 スーパープレイヤーが続出で、これは国が主導した組織体制整備によるところだという論調が目立つが、果たし てそれだけか。体育面で気になるのは二極化だ。15年前に比べると、1500㍍を走らせると1周半ほど遅れるタイム低下がある。この話は北島康介選手が活躍していた頃、盛んに言われていたことだが、別の見方をすると、この活躍競技は、個人種目が殆どで野球やサッカーもリトルやシニアなどスポーツクラブの歴史がある競技であることに気付く。欧米では古くからそれが普通で、そうして、そこで育った選手が世界で活躍してきた。日本のように学校の部活動で育ってきたわけではない。私も教員時代、部活動指導に熱中した方だが、それを見たアメリカ人にクレージーと言われてしまった。教員は学業指導が本分と言いたかったらしい。ミュンヘンに伺った際、小学生は、午前で下校して、午後は6面もあるサッカーコートでサッカーに勤しみ、時には同じサッカーコートで練習しているバイエルンミュンヘンの選手が指導することもあると聞いて、とてもかなうはずがないと思った次第である。 日本では、スポーツクラブに通うにはかなりの費用を要するので、そこには経済格差が生じている。ひょっとして磨けば玉になる選手が陽の目を見ていないのかもしれない。そういうところへ、行きたくてもいけない子どもがどれほど多いか。さらに、この1994年に着目していただきたい。1992年から段階的に実施されてきた学校週5日制は2002年に完全学校週5日制になって、あの評判悪いゆとり教育がスタートするが、彼らの小中学校時代は、学校週5日制、ゆとり教育のど真ん中だったのである。これは今となっては余り言われていないことだが、変化の激しい時代、当時すでに学校が教えきったり育てきったりできる時代はとうに終わっていた。生涯学習の理念のもとに、学校を核にしながらも、社会全体で子どもを育てようとした気運が高まった時代でもある。だが、この改革は二つの点で政策的な誤りがあった。一つは、社会全体に子どもを育てるシステムをまだ構築できていなかったこと。二つは、簡単に言えば学力観の転換に伴う指導技術を教員側が持ち合わせていなかったこと。自主的、自律的、主体的にと言っても、どれ程の教員がこのことの意味を理解し、授業に砕くとどうなるかが分かっていたか。理念先行型で現実とは乖離していたのである。
1994年生まれに話を戻す。申し上げてきた状況下で、学習塾は手吊り広告等に学力低下をかかげ、キャンペーンをはって、考えるゆとりや心のゆとりを否定して経営を維持しようとしたが、確実に足場を固めていったのがスポーツクラブで、それは、子どもたちに生じた土日や放課後をなどを取込んで、やがて、このような選手育成に成功するに至るようになったと推測できるのである。私の地元には、バルセロナで金メダルを獲得した当時中学2年生だった岩﨑恭子選手が在学していた中学校がある。同級生曰く「恭子ちゃん、うちのプールで一度も泳いだことないよね」。私はそれでいいと思っている。ただ、この平成14年に向けて、社会全体で子どもを育てるシステム構築にお金をかけた気配はなく、学校ではやれないことを社会が行う気運もシステムも構築できなかったところに、平成10年改革の失敗の要因の一つがあったと思うのである。教育改革であったはずが、学校改革に押しとどめ、しかも世間の批判を浴びさせて、学校だけで大丈夫という不安をあおって、受験産業は経営が維持できて今日に至っているが、それは時間延ばしに過ぎず、学習塾は淘汰の時代に入っている。それはスポーツクラブも例外ではなく、少子化の激しい波は、この国をさらいそうな気配を漂わせているのである。

2018/02/28

始まるぞールール改正

ピョンチャンオリンピックでの日本選手団の活躍に日本中が沸き立っているが

危ない危ない。かつて複合で日本が勝ち始めたら、距離とジャンプの配点比重を変え、ジャンプ競技では、身長 に対するスキ板の長さ制限という欧米人有利なルール改正を平然とやってのけた。今度は、フィギュアスケート 採点、カーリング、スピードスケートが狙われるかな。

2018/02/20

水戸黄門に喝采

 『水戸黄門』の作者は「原案・脚本・葉村彰子」になっている。『大岡越前』『江戸を斬る』も「葉村彰子」で、それって誰??というところだが、Wikipediaでは、「逸見稔が中心となって構成していた創作集団。当時、映画出身の作家に対しテレビラジオ出身の作家の待遇が悪く、その待遇改善のため、1970年向田邦子・松木ひろし・窪田篤人・津田幸夫によって作家集団SHPを作る。 さらに大西信行・櫻井康裕・田口耕三・柴英三郎が参加。やがて加藤泰・山内鉄也・岡田裕介(元俳優・東映プロデューサー)も参加する。」とあった。創作集団で納得した。しかも、あの逸見稔。199512962歳に若さでこの世を去ったテレビプロデユサーだ。水戸黄門を単なる娯楽時代劇と見てはいけない。昨日、BSTBS6の水戸黄門(再放送)には、「わしの後ろ盾にはとてつもない人が居て」というくだりがあった。作家たちの世間智だね。手下を従えやりたい放題の御仁は、それができる環境に身を置いているのであって、終始後ろ盾に忖度を働かせて、その力を借りて側を演じている。そうでなければ、そうはやりたい放題、悪態の限りはできないはず。この後ろ盾から下部に至る陰の勢力が大手を振って歩く。どこにもある構図だ。外側の無勢は黙っているだけだ。ろくでもないのは、自ら、この勢力に入り込み、やりたい放題を楽しむ輩だ。無勢はじっと黙ってそれを見ている。従順になっているようで心の中は「いつか見てろ」だ。傍若無人の多勢には正直も苦労も誠意も思いやりもモラルそのものがあったものではない。番組で描かれている、この図式を感じ自らが身を置く世界に同化させて、最後は水戸黄門が出てきて懲らしめてくれると分かって見ている。そこが人気で、視聴者は正義漢、水戸黄門一行が、少数でばったばったと多勢の陰の組織を打ち倒し、それらを懲らしめるから溜飲が下がるのである。この紋所が目に入らぬか!そんなのありっこない、ありっこない虚構の世界だけれども、自分の周りにいる、これら傍若無人の知性や理性の欠片もないバカモノどもを、助さん、角さんの腕力とヤシチの情報収集力、黄門様のご意向で、跪かせる、それも権力だけれども、そんな権力であってほしいという願望があり、それが出現するから溜飲が下がるのである。

2018/02/15

自分で日課を決める

 本年度4月、私の生活は一変した。この職に就いて38年+6年で44年。ずっと職業人であったために、職場の勤務時間制度を基軸にした生活で過ごしてきた。勤務時間に間に合うように家を出て、仕事が終わって帰宅。遅かろうが早かろうが基軸は職場だ。いや待て、大学4年間は結構ルーズだったが、幼稚園から小学校、中学校、高校も、それぞれが決めてくれた日課で生活してきた。つまり、誰かが決めてくれた日課で生活させられてきたということだ。それが不定期の非常勤になったために、毎日の生活日課は自分で創り実施していく。当たり前と言えば、当たり前だが、それには気がつかなかった。本年4月からはすべて職を失う。どう時間を使うかは自分で決めるということ。結構、これはしんどい。
 現在の日課
・朝5時起床 着替え、散歩に出発
・6時 帰宅
・洗面、食事、支度
・7時出勤?着替えてネクタイもして
・7時20分~9時 行きつけの喫茶店でコーヒー飲んで一仕事。mobilePCの持ち込み
・9時30分図書館で調べ事、小論書き
・お昼も図書館ランチルームで
・午後3時切り上げ、帰宅
・郵便物確認、対応
・午後6時 入浴
・夕食は午後6時30分
・午後10時就寝。
こうは決めたが崩れるんですね。これが。
遊びは、土日、月曜日に1週間の整理、予定づくり

どうです?皆さん。自己管理はどうですか。歩きは毎日1万5千歩。

2016/03/31

車内トイレは素早く、きれいに

尾籠な話で失礼する。本日はJRの普通列車でお出かけ。乗車早々尿意をもよおし、1号車トイレに。しかし使用中。仕方なく座席に戻り、トイレを見つめていたが、使用中ランプは消えない。尿意に焦り再びトイレに。後から同様の乗客がやってくる。「入ったままですか」。私もしばらく待った。電車は真鶴を過ぎ、根府川を過ぎていく。それでもトイレのドアは閉ざされたまま。やがて小田原。この間20分。まだ空かない。どうにもならなくて、グリーン車の車輌のトイレに行ったら、こちらは故障。仕方なく、小田原で降りて構内のトイレへ。あの車輌内の乗客たちはどうなったのだろう。怒り心頭。車内のトイレに20分以上居座る者がどこにいる!公衆のトイレは素早く、そしてきれいに。個室内の悪さはもってのこと。

2016/02/28

私の顔は?私が私でなくなる瀬戸際

羽田からバンコクへ。入国審査。女性審査官の後に並んでいたら、男性審査官が戻り、隣の列に移るよう指示され、審査官の前に。しかし、許可が下りない。審査官は何度も何度もパスポートを見直している。そして、もう一度、そこを見ろという指示。見れば、そこには小さなカメラがある。彼はそのカメラが捉えた私の顔とパスポート写真を比べているのだろう。それで許可が下りない。パスポート写真は5年前、2011年8月のもの。さらに審査官の「審査」が続く。この人物は、このパスポート写真の男と同一人物か、と疑っているのだろう。私?何者?私が私でなくなる瀬戸際だった。これで別室に案内されたら、尋ねてみようと覚悟した。「私は何者でしょう」と。私の顔は彼にとって実弾や薬と同じレベルということだ。果たして…。10分程して、ようやく許可が下り、微笑みの国?タイランドへ入国。この5年間、審査官が疑うほどに顔かたちは変化していたのだろうか?

最近のトラックバック

2018年4月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30