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Taku's World

2019/10/22

隠者の境涯

毎朝五時、カメラ持参で八千歩の散歩に出る。見え隠れする富士のお姿、変わる明け六つの暁光、風の騒ぎ、餌を狙うサギ、水面を滑る鴨にオオバン。桜も散るに嘆いて気がつけば道の辺の木槿。湖水のごとき五月雨の田はやがて稲穂に埋まる。日々に滞留なし。原・沼津間車中七分、積もって一年。十二冊を読了。時は磐走っても淀みがあり泡沫もある。いずれに身を置くか。時は濃く遣え。そう語りかけて時の流れに我が身を置くのみ。

2019/10/18

あちこちにガタがきて

  退職して8年。あっという間だった。あちこちにガタが来始めている。この一年で歯を3本失った。両眼の水晶体はもはやレンズだ。新築間もない頃(平成5年)に構えた沼津垣は、竹が傷んでほつれ始めた。玄関灯も壊れて新品に。昨年末にはキッチンセットがアウト。その前年はバスだった。今年3月末にはPC。退職年度(平成22年)の8月に大枚叩いたオーダーメイドのSONY製Desktopは、HDDの寿命が尽きた。しかもSONYはPCを撤退。修理不可でリカバリーできずだ。だが、このトラブルで換装を覚え、再生したPCでCloud(OneDrive)を使いこなしている。
 HPは開設して22年。来訪者は3万5千人を超えていた。「老いてけぼり」等というブログも2つほど起ち上げた。だが、それでも私の主たる情報ツールはfbに移っていった。なぜか。fbの「友達」の反応は素早く多い。二つ、私の1日はカメラ持参の散歩に始まるが、その生活日課に写真とfbが位置付いた。特に写真と相性がいい。三つ、fbを介してネット上に新しい友達が広がっている。

 毎朝見ている散歩の風景は瞬時に変わる。常ならずで、変化の波上に生きているようなものだ。この波のうねりは激しい。少年期、土用波の打ち際に飛び込んでは波向こうに浮かび、波に乗って磯に戻る遊びを楽しんだ…。何とスリルがあったことか。誰かが言った。舟を漕ぐものは船酔いしない。確かに。波を楽しむものもまた然りである。

沼津市教職員互助組合会員誌「にちにち」応募原稿

2019/07/29

佐々木投手の登板回避と部活の闇

部活ガイドライン 抜け道探る動き 「闇部活」の実態

名古屋大学大学院の内田良が表記の小論をWEB上に寄せている。部活ガイドラインの内容は、平成9年9月の体育審中間まとめの内容に近い。あれから22年、何ら変わっていないということだ。だが、その中間まとめも当時の高体連、中体連の組織をあげての抵抗にあって、本答申では消えている。大体が、部活動の負担軽減など彼らが賛成するわけがない。高体連も中体連も、新潟高野連の負担軽減にクレームを付けた高野連も、役員たちはその既存の体制の中で地位を得ている人たちだ。その彼らが自らの足下がぐらつくような改革に乗ってくるわけがないのである。そして、部活動の厄介なところは、特に高校は〇〇大学何人合格、全国総体優勝などを生徒集めのPRに使い、まるで自校の教育成果が有名大学に入れることやインターハイで好成績を修めるところにあるような振る舞いをしているのだから、そう簡単に改革ができるわけがないのである。現実を見たらいい。国際大会で活躍している選手たちで、部活動だけで育ってきた選手が何人いるのか。我が国の全体的な国際大会の結果を見たって、個人スポーツが殆ど。野球やサッカーだって、部活動育ちではなく、クラブ育ちが殆どだ。もっとも中体連の野球は軟式だが。もはや選手育成などは部活動では無理なのだ。大体が公立中学校は小規模校化でチームスポーツはチームを組むこと自体が難しくなっている。学校体育は生涯体育の一貫に位置づけて、ほどほどに、そして運動を好きになるところで十分なのだ。私学経営者もスポーツで経営しようとするなら、クラブをつくればいい。高校に在籍させて、例えば野球のために授業は適当でいい。成績不良でも単位はあげる、修学旅行は行かせず練習優先、なんてあってはならないはずが、それがまかりとおる。変ですよ。それは大蔵省、財務省、それに文科省の責任が大きい。部活動を容認し学校体育でスポーツ行政をやってきたおかげで、この国には、プロのスポーツ指導者が育たなかった。要するに科学的知見をもったスポーツ指導者が殆どいないという状況を生み出してきたのである。生涯スポーツ振興にはお金がかかる。余程学校で学校の施設を利用して、学校の先生方にまかせておいた方が安上がりにできるからである。逆にスポーツ指導者で生計を立てるには、水泳、柔道、剣道、最近では卓球、体操等、個人が入会できるスポーツの分野でしかない。奇しくも大船渡野球部の國保陽平監督は、筑波大学体育専門学群を卒業、社会人クラブチームにも所属し野球米国にも渡り独立リーグの選手にもなっている。さらに監督とはいっても体育科を担当するの教師なのである。大学での知見、米国での経験など国際感覚も有した監督だったのである。佐々木投手は奇跡的によき監督に巡りあったというべきである。
 野球は特別ではない。朝日新聞や毎日新聞が大会を組織しイベントにし記事にしているからおかしくなる。多くの他の種目と同様で、全国大会はインターハイなのである。一同に会せずともいい。5月から1週間に一度の地域リーグ戦や代表戦を7月までにやって代表が甲子園に集まったとしても、4日以上は開けるようにしないといけない。夏の暑さの中、汗と涙、連投にもめげず、ファンがドラマを見るために部活動をやっているのではない。そんな美化されたストーリーのために野球をやっているわけではないはずだ。
 終わりに一言。私は昭和50年代に部活動を学校体育から外に出し、学社連携で実施した経験を有している。私自身、部活動に熱かった教員であったが、この学社連携の育成会によって、①専門的指導者を得て部活動自体の成績は飛躍的に向上した。②これが何より。中学校において、部活動の時間的制約を受けずに、放課後、学習における個人指導や生徒会活動、学級会活動が極めて充実した。勤務時間内から部活動を実施していた他校にはなかったことである。

2019/07/28

趣味では通用しない

FBで家内は産経展の会友資格を得てはいるものの会友申請していないと書いたが、理由はいくつか。産経国際書展の場合、出品公募の50%くらいが入選するのだそうだ。その入選者の中から秀作賞、特選、特別賞とあがっていく。そのうち都美術館に展示される作品は秀作以上で入選作品は展示はされない。名前のみである。しかし、都美術館で展示されているのは、大部分が審査を経ない、つまりは顧問とか理事とか評議員とかの役職の人たちに加えて、審査員や会友の人たちの作品である。会友になるには秀作以上の受章を何回か受けないとなれないのだという。会友になれば審査なしに作品は展示されるのであるが、その会友になるためには年会費2万円の納入が必要ということ。理事や評議員になるとさらに納入金は高くなる。加えて、展覧会の準備の作業お手伝いが加わる。家内は、この納入金を毎年は納められないからを理由に会友申請をしていないのである。さらに家内曰く。会友になれば出品すれば展示してもらえる。一般公募だと審査を受ける。だから、作品を仕上げるのに努力する、それが大事なのでという。だが、会場で大作を見ると、特別賞をいただいる作品は大きく費用と時間がかかっていることがよく分かる。あの大きさの作品を仕上げるには、仕上Oedm9930げる「アトリエ」が必要だが、あいにく、我が家にはその ようなスペースはない。この作品を書いているときは机の上に書いては紙をずらして書いては紙をずらしての繰り返しだった。当然のことながら、よくみると縦の構造に若干の歪みが出ている。目の肥えた審査員は一瞬で見破るであろう。書には広々とした稽古場が必要。家内は自分の創作活動の限界を悟っていると感じた。これが二つ。三つは、前述した役職そのものも長い月日と会派活動、ときには毛並みが必要。家内は、子育てや家庭内、仕事上の都合で稽古はしていたが、会に属した創作活動は20年ほどの空白がある。一般社会ではそれが通常であろう。
 友人の安藤豊邨君は、20代で豊田市の名誉市民になり小学校教員も辞めた。辞めたというより辞めざるを得なかった。二頭は追えなかったのである。書に人生を託した、それで書の世界の中核になり得たし今日がある。

書展を二つ鑑賞したが、その世界は、職業芸術家が師弟関係という巨大な秩序を形成して存在しているのであった。

 

2019/05/10

気力の低下に愛機の故障

連休明け、どうも体調が思わしくなく、気力も失せ始めていると感じている。ここのところ、朝の散歩にも出ないことが多くなってきている。

風邪を引き咳き込んでいたのが回復。喜んであちこちに出かけてぶり返し。それに抜歯も大きい。だが、それだけではない。

書斎の愛機VPCL22AJのwin10へのアップから変調が顕在化して、結局アウト。それで仕方なくWEBで見つけた安価(そう読み取れた)な業者に依頼。日光まで旅させて入院させた。ところがである。まず、愛機が規格を超えているという理由で5000円+。どのような点検をするかでさらに1万2千円超を+。見積もり依頼したら、10日も遅れて見積もりが届いたが、この時点で20日を超えていた。見れば、HDDがクラッシュとか。それでHDDの部品交換。都合3万8千円ほど。合計すれば5万円を遙に超える額。webではすべて4890円。ウソだろう。さらに、2TBだった愛機のHDDは500Gで帰ってくるとか。しかもデータ回収不能。自分でアプリは再インストールしてくれとのこと。結局、HDDの交換だけの修理。内臓HDDは2TBで7000円から1万円で手に入る。自分で換装すれば、それで終わりだった。アウトの原因がHDDにあると分かれば、その時点で外に出さず、早く仕上がって、元に戻った。法外な金払ってHDDの交換だけ。すっかり打ちのめされた。知識は金。思い知らされましたね。この商法、PCを送ることから始まるが、結局PCを人質にキャンセルできない状態を作るかなり怪しげな商法。
 かつて、SONYのデスクトップ機が変調を来してSONYに修理出したら、メモリーが壊れています。弊社で修理しますかと聞いてきた。自分でしますと言ったら、費用は5000円だった。そして同等品のメモリーを購入して入れ替えて復活。

 今回は全く違った。東京PC。この名前にもまやかされた。「東京」のもつ信用力だ。さて、どうするか。結局、修理キャンセルするとまたキャンセル料。仕方なくHDDを交換し、それはそれで保管して、つまりは保険にして、自分で元の2TBに換装することにした。このHDD代は別にかかるが(SDDへの換装も可能なようでWEB上で紹介されていた。ここまで費用は5万円超。知識不足のために発生した研修代だった。

 この間、落ち込みも激しかった。いつもの仕事ができないことに加えてどのように帰ってくるか心配で。結局、ダウンロードして導入してあったアプリの中にシリアル番号等が不明なものがあり、それは捨てることにもなる。さらにCドライブにあった私の約10年の講演等の音声データ約半分が消滅。殆ど外付けに記録させておいたデータが全てではなくcにもあったということ。トホホでさらに気力を失わせてくれた。

2019/04/30

譲位による令和が始まる

明日5月1日は令和元年5月1日。そう書いて元年が5月1日はやはり変だと感じた。令和元年1月1日。こう書けたらよかったものを。そういえば、新元号の元年に1月1日はないことに気がついた。平成元年は1月8日から。昭和天皇御崩御の昭和64年1月7日の翌日だ。昭和元年は何と12月25日で元年は1週間しかなかったことになる。大正は7月30日。明治は西暦(グレゴリオ暦)1868年10月23日(太陰暦で慶応4年9月8日)からだが、この時は詔書に「改慶應四年爲明治元年」とあったから法的には明治元年1月1日が存在したことになるそうだ(wikipedia)。生前退位とマスコミは報じたが、正確には譲位。世襲を原則とした地位の継承を指すのだそうで、陛下も生前退位なる言葉には衝撃と違和感を覚えられたとか。とまれ、光格天皇( 安永8年11月25日 から文化14年3月22日ー1817年5月7日)以来だから歴史的なことになる。皇室典範は天皇崩御によってのみ皇位継承が行われることを定めていたのを陛下のお言葉を受けて譲位可能に改正された。陛下にとっては、かなり踏み込んだご決断であったことが知れる。もっとも皇室典範原案には譲位制度があったのを高輪会議で伊藤博文が反対して消されていたのが、時代を経た今になって原案に戻したに過ぎないが。長い皇室の歴史では譲位は珍しくはない。御崩御を「穢れ」として忌み嫌ったからとも解説されている。
 それにつけても、譲位ならなぜ1月1日にできなかったのか。恐らく、陛下がお言葉を発しても、それを受け入れるかどうかの議論が長かったためとしか私には映らない。御崩御の月日は特定できないが、譲位ならできたはず。当時の権力者伊藤博文の意向で原案が変わってしまった皇室典範だから、陛下のご意向を大切にすれば、早くに結論は出たはず。そうすれば1月1日が可能であったろうに。何しろ折り込みチラシには令和売り出しがあり福袋まであった。まるで二度目の正月が来たようだ。
 別事だが、田原総一郎は、なぜ女性天皇を認めないかについて、明治天皇は大元帥だった。女性が大元帥になるわけがないから男系と定めた。それを(大元帥になるはずがない)今になっても、なお続けていると断じておられたが、時代の変化は天皇は男系であるべきなのかというメッセージも送っている。実際、推古、皇極、斉明、持統天皇等1770年までに2人の重祚も含めて10代の女性天皇がいらしたのだから。当然と思い込んでいることも元をたぐれば、かなり??があることに気がついた。これも遅かったか。今日で平成が終わるのだから。

2019/04/28

高齢者の免許返上と地方格差

池袋で起きた元高級官僚高齢者の暴走事故が社会問題化している。一つ、加害者を上級国民と呼びなぜ、逮捕されないのかと疑問を投げかける声。二つ、高齢者の免許が返上されないこと。三つ、車の構造、アクセルとブレーキの位置等。私の心にとまった問題は、この三つ。余談もあるが。1は神戸で起きた事故加害者との比較だ。上級国民があるなら下級国民があるので、このような呼称を私は好まない。なぜ逮捕されないのかは、逮捕するにはするだけの要件が必要。彼が東大出の元通産省の高級官僚であり叙勲もいただいている人物であることをクローズアップして事故後を叩いても「次」は生まれない。それに逮捕したからには身柄をつけて検察庁に送って起訴手続きが必要だ。彼は怪我で入院中。身柄拘束して起訴できるかどうかは普通に考えれば分かること。マスコミやネットが悪い。逮捕されなくてもすでに社会的制裁は受けているし、逮捕しなくても起訴はできる。今後のことだが。それより社会的地位が高ければ、それに力む下卑な精神が嫌だね。どうも日本のネット社会にはその傾向がある。私の関心の一番は免許返上についてにある。加害者の落ち度は運転操作より池袋?東京?公共交通機関は充足しているしタクシーだって多い。鄙びたところではない。足が痛ければタクシーを使えばいい。その位の経済的な余裕はあろう。そこに見識の浅さを感じる。昨日、「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」あなたはナゼ秘境駅に来たんですか?で大井川鐵道ひらんだ駅が紹介されていたが、3日間、とうとう乗降客ゼロ。近くに集落はあるのに一人として乗降客がいない。聞けば「車の方が早い」と応える。1日5本。まだこれなら多い方だ。バスだって我が家の前の停留所は1時間に1本。結局列車、バスより車を選ぶ。地方へ行けば行くほどである。免許証を手放したくても手放したら生活できないのである。東京や大阪、名古屋の感覚で、この問題を捉えたら間違う。私は退職と同時に車を処分して我が家は一台所有にしたが、理由は三つ。車の維持費は結構嵩む。経済的理由。二つ、公共交通機関を使うことで歩く機会が増える。健康維持。体力増強。三つ、我が家は最寄り駅まで徒歩7分。結局手放せたのは三つ目があったからである。同じ駅まで30分となったらこうはいかない。高齢化で社会は高齢者の免許返上に動いていくだろう。この問題で都市圏と地方の格差はますます広がる。過疎地の足の確保は地方行政の大きな課題になっていくだろう。財政も許さないだろうから。三つの車の構造の論議では、私の関心は、ブレーキペダルやアクセルペダルの位置ではない。憚れるが、時速150㎞とも100㎞とも言われる高速で激突してプリウスはぐちゃぐちゃになったが、加害老人は怪我で済んでいることだ。プリウス凄い!だ。ボルボは徹底した安全対策車で運転手の身を守る車としてシェアを伸ばした。安全のためにボルボに乗る人が結構多かったが、今や日本車は安全対策で世界の最先端を行っているように見受けられた。プリウス凄い!だ。

 

 

2019/03/16

CMの質

テレビを観ていて気分が悪くなるCMがある。あのパヤだ。なんなんだ?あれ。パチンコも含む賭け事のテレビCMはすべきではないと思う。カジノも同じ。外国資本に血肉を売るようなものだ。パチンコだって半島の資本が支配している。同じパチンコCMでもまだABCには品があって自然に受け入れられる。パヤはチャンネルを変えてしまいくらい気分が悪くなる。テレビCMは一方通行。規制があっていい。CMにだって品格が必要だ。

2019/03/14

fbのダウン

fbがダウンして、今更ながらネット社会の中で生活していることを実感した。ネット上の結構なつながりの中で私どもは生活しているのである。fbやTwitterのダウンは今まで見えていたことや聞こえた世界が突然なくなることを意味している。ここがダウンすることはネットが遮断されるということだけでなく、当然のことながらつながっていた人々との遮断も意味している。生活のみならず精神にも結構な影響を与えるであろう。

2019/03/12

新元号を心配する

元号論議がやっとTVに乗ってきた。ネット上には音なし。決定を静かに待つという姿勢か。まさかと思うが「安倍」元年、なんてならないでしょうね。そこまでは露骨ではなくても、TV報道では「安倍」の「安」の字を頭に入れる案があるとか。安心元年。嘘だろう!「安寧」も画数が多すぎ。それで「安明」とか、「安」の字の元号候補が飛び交っている。南北朝の時代にはそれぞれの元号があった。正当性をそれぞれが主張したためだ。東南海地震が次の元号の時代にやってくるかもしれない。いや必ず来るであろう。それで「天変」元年。それはないな。天はT。大正もTだった。次の天皇陛下は徳仁親王。徳とか仁を使ってほしいが、徳は徳川を連想してだめだね。仁も儒教の色が強すぎる。さて。もう決定済みの元号が金庫に眠っているであろう。「明治」は「おさまるめい」と揶揄されたとものの本にはあった。

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