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Taku's World

2018/06/15

ニュー新橋ビル 買い占め反対

昨日は新橋。いつものごとく散髪にニュー新橋ビル内の、ステーションバーバーを訪れた。東京勤めの頃、昼休みに虎ノ門からさっと新橋駅ガード下のステーションバーバーに出かけ、素早く散髪を済ませて職場に戻って間に合った。そのステーションバーバーは新橋駅の改修で消えて、私も東京勤めが終わって、ご縁のない存在になっていたが、偶然にも当時を知る理髪師Kさんに出会い、ステーションバーバーがニュー新橋ビル2階に移動して営業していることを知った。それ以来、もう4年になるか。東京遊びのついでか、散髪のついでかは分からないが、昔話や世間話をしに、Kさんを指名して時を過ごしてきた。ニュー新橋ビルのエスカレータを上がると正面は居酒屋たしか初藤だったと思う。そこまでは、新橋らしくてよい。そこを左に曲がって一直線。一番奥にこのバーバーはある。だが、たどり着くまでが大変。両脇にマッサージ屋がひしめき、歩けば、片言の日本語や手招きが待っている。それを振り払いバーバーの人となる。Kさん曰く。このニュー新橋ビルはすでに中国人女性に買い占められていると嘆く。戦後の闇市の露天は、新橋商事やテキ屋の関東松田組によって、木造平屋長屋形式の「新生マーケット」が設立されて露天は一箇所に集まった。その後、再開発で現在のビルになって、もう50年近くなる。地下には、かっての露天よろしく一杯屋で夜の賑わいを演じている。お父さんたちの聖地が中国に買い占められているということだ。私有地を認めない国の人が私有地を認めている国の土地や家屋を買い占める。変ですよ。これって、占領ではないか。規制を強めて認めない、それでいこう。二人は合点した。

2018/05/18

中央集権国家の生成過程

中央集権国家は革命的に成立するんではないんだな。じわりじわりと人の心や価値観の中で生成されていく。安倍政権がそれを教えてくれた。行政が政権におもねり、意向を忖度するような体制。人事権があるのだから、自分を捨てる覚悟がなければ、追従せざるを得ない。議員もそうだ。党内は小選挙区制で候補決定権者におもねり、ピラミッドが出来上がる。最悪は情報戦の最先端部隊。どこにいるかって?このネット内。権力批判意見は徹底して批判。マスコミへの偏向報道レッテルに政権ポチ新聞などの外堀的マスコミ。それは地方でも同じで、やがて体制順応基盤や世論を形成する。特徴は、反対、異見を嫌う。人事権の(暗黙の)集中。意のまま人間の登用。背後に見えない暗闇勢力がある。民主主義は異見との切磋琢磨でより良いものを目指す原理であるはず。我意が通らないのが普通であるのに、モリカケ、改竄、情報操作、トップのお気に入りのみに利益が流れる仕組みが察せられるように仕組む。ここが大切。どうすると損するかを見せるのだ。「こんな人達」は許さないと見せつけるのだ。ネット内情報部隊などナチス台頭の過程にそっくりだ。グローバル時代、情報時代は、スピードが重要。トップダウン、反対勢力粛正が速い。だから習近平やプーチン、それにトランプのようなものが出てくる。歴史的には危険水域に入っている。

2018/05/11

日本はどこにある?

日本はどこにある?政権がらみの中央省庁のデタラメぶりに我が国の地盤が崩れ始めたのを感じつつ、思ったことは、このことだ。自らのために矜持も社会正義も投げ出して平気な輩がうじゃうじゃしている世の中はいつ頃から生まれたのか。日本というのは東京ではない。財務は官庁として東京にあるのではない。今、私が生きている、この地が日本であり、県であり、市町であり、この地域だし、財務活動(財務省)も教育(文科省)も仕事(厚労省)も、今生きている、この地、この瞬間にある。そう捉えると、身近にも同じような体質で、親分に忖度して、学ぶべきは怠け方や遊び方だけなのに、要領よく直ぐなる世の中を横に渡り、親分背中に猟官するような輩がうじゃうじゃといるではないか。これは、その親分どもが悪い。柳瀬氏や佐川氏が親分と頼んだのは誰だ、その親分の体質や志のレベルが生んだ問題で、批判を躱せて万歳では、国を私物化しているに等しいのだ。身近なこれらを改革できるか?できないだろう。それが、一連の問題の本質なのだ。主義主張だけのネットを占領する政権ポチは、身近な社会を誰でも明るく生活できる社会にすることに後ろ向きな、似非愛国者なのである。

2018/04/24

水戸黄門、いずれがリアルか

水戸黄門作者は集団だという。番組6時46分に黄門様が現れて悪人を退治するが、いずれがリアリティがあるかといえば、それは悪人の方。現実社会はうじゃうじゃ。黄門様御一行はいないんだな。だから喝采。

2018/04/19

無様な東大卒高級官僚

2005年6月17日私のHPにかような一節をUPしたのを思い出した。福田次官も佐川氏も小中学校時代は恩師から見れば自慢の子どもであったに違いない。だが、年齢を重ね地位も上げて官僚社会での振る舞いを見ると、このエリートたちの教育が何か間違っていたように思えてならない。

…略…中学、高校で子供たちが受けた苦しい訓練と抑圧は、不思議にも大学生になったとたん消え去る。成績評価はてぬるいし、企業は成績にはほとんど無関心だ。大学を卒業し就職すれば、大学で何を学んでいようと関係なく、新入社員研修で一から訓練を受け直さなくてはならない。大学の勉強は将来にほとんど影響しないので、高校を卒業すればあとの4年間は遊んで過ごすだけだ。
…略… 東京大学はまさにエリートの頂点に立つ大学だが、欧米の基準で見れば学問の園どころか学問の墓場である。大学本来の一大目的は学生に社会奉仕精神、一種の倫理観を育てることだが、東大では全く心得ていない。卒業生はまっすぐ政府の省庁に入り、そこで賄賂を受け取り、暴力団に金を貸し、カルテを改竄し、河川や海岸を破壊する計画を立てる。─同僚も教授も、それに対してうんともすんとも言わない。先進国の名だたる学府で、世界にも自国の社会にもこれほど貢献していない大学はまずないだろう。
これは、Yale 大で日本学を専攻し、Oxford大で中国学を修めた後、慶応大に通いながら日本の茅葺き屋根を修復して歩いた「美しき日本の残像」「犬と鬼―知られざる日本の肖像」の著者アレックス・カーの愛する日本に向けた近親憎悪にも似たような日本の教育制度批判だ。「大学で 4年間、つまらない講義を受け、ほとんど勉強しないで無為に過ごすのは、効率優先の国にしては信じられないほどの時間の浪費ではないか。」とすれば答えはただひとつ、日本は本当は大学など必要としていないとしか考えられない。こう言い切るのは、エドウィン・ライシャワー元駐日大使。日本の教育が真にめざしているのは「教育」ではなく「去勢」だ。(元厚生官僚の故・宮本政於氏)…略…

2018/03/14

ハンコの意味

財務省の決済文書の改竄が問題になっているが、そもそもが決済は一人でやるのではない。起案者から順に決済されていって、最終決済者が組織の全責任を負って押印するもの。ダメなら決済しなければいいだけの話だ。ボトムの典型で、ドラッカーも高く評価するシステムだ。起案者は叡智を絞る。決済者はそれぞれの立場で判断し決断して押印しているはずだ。いい加減な決済はいわゆるメクラ判で素通りするもの。書き換え出来たということはメクラ判状態の素通り文書だったことだ。改竄はまだいい。目的のために手段を選ばず、犯罪めいたこともやるのだから、アングラでも意志が働いている。前者はもう組織の体をなしていない。中央官庁にこれが起きるなら、もう国がお終いだ。後者は独裁国家に足を踏み入れたこと。トップダウンで何でもありあり。逆らえば首が飛ぶということ。ハンコがかるすぎる。

2018/03/10

国保、税金に悲鳴。生きちゃいけない。

参りましたね。家内が深刻な顔をしている。78,900円。これは、二人分の毎月引かれている国民保険料。市県民税は2か月で58,600円。固定資産税3か月で38,600円。それに、冬場の電気代2万円、下水道代。年金は介護保険料を引かれて15万くらい。さらに所得税。年金消えちゃうよ。それに年齢制限で働きどころなし。どうやって生活するん だろう。これじゃあ、マレーシアかタイか東南アジアにでも引っ越さなくては生きていけないかあ。

2017/10/04

小選挙区は政策で争うのではないの?

マスコミがどうかしている。  そもそも、希望の党起ち上げが発表されたけれど、どさくさで政策なんてあってないようなものなのに、この希望の党への過剰なマスコミ報道で、モリカケがすっかりどこかに飛んで、大義なき解散もマスコミ話題から消えた。小池百合子の手柄で、後の論功行賞では最大級だ。関ヶ原の西軍を分断させたのと同じ。民進党も寄せ集めがバラバラになっただけの話で、政策より、どこに所属してるのが当選に近いかだけのことだ。それは野党に限らず自民党所属の候補者も同じ。自民党にいれば与党で選挙に強いというだけのこと(時折イレギュラーもあるが)。政策政策と安倍首相は”最近”叫ぶが政策あっての解散ではないことは自分が一番知っている。いつからこうなったかは知らないが解散は憲法69条が王道で、7条は天皇の国事行為としての解散だ。天皇には国政に関する機能を有していないから、69条解散は、俺(総理)のいうとおりに解散しろと天皇陛下に強要しているようなもの。とってつけたような理由で、要するに今なら勝てる、それだけで解散しようとしているのだから、それで、政策で争えといわれても有権者は目を白黒するだけだ。投票辞退続出だね。投票率大幅下落。そう、それなら公明党が強い。麻生も有権者は寝ていてくれと言ったほどだから。そうなると政権与党が強い。  選挙にくるなと叫んでいるような政権が君臨する国家は民主主義国家ではない。忖度が最重要視される将軍様国家だ。この国が民主主義になるのを最も嫌っているのは総理であろう。何しろ反対意見が大嫌いだから。小池新党も裏で改憲勢力とつながっていると解すれば、すべての状況に説明がつく。多分、選挙後には、自民党、維新、希望、公明党が組むであろう。そうして、反対意見を出させない、空洞化した、大政翼賛会的な国会ができあがるであろう。大正の時代がもっとも民主主義だったかもしれないなあ。それも軍部が壊したが。

2015/03/15

選挙の季節に 顔写真恥ずかしいのだが…

 

 地方議員選挙の季節になってきました。県議会や市議会は3月議会がやっと終わったか、終わろうとしている段階。現職組の選挙活動は、それからですね。
議会中は選挙運動を控えましょうと現職は申し合わせをしていると聞きました。
 さて、議員の方々、どうも、私は分からんのです。選挙となれば、選挙区中にご自分の顔写真やら名前やらが貼り出されます。私からすると「恥ずかしい」の一言ですけれど、あのように露出することを候補の人たちはどう思っているんでしょう。  自分の信念や主張のためには、そんなことは些細なことということでしょうか?ひょっとすると社会に責任を負うということは、自分の名前と自分の顔をしっかりだして主張するということなのかと思いますが、そう考えると、それを恥ずかしく思う自分は、社会的な人間としては大したことはない、レベルが低いということでしょうか?

2014/12/27

衆議院選挙の低投票率

野中広務さんが発言しているが、この件に関してはもっとものこと。そもそも勝ちだけをねらい、解散・総選挙したのだから、与党が勝って当然。国民には、選挙の意味も、争点もぼけて、何がなんだか分からなかったはず。それをねらったところに政権の卑しさを感じてならない。「このタイミングで総選挙。安倍さんは大したものだ。」と党内では絶賛だそうだが、手段を選ばず勝ちだけをねらって試合しているようなもので、まっとうな試合ではない。それに気がつかないとしたら、それはもはや政治に大義がなくなったのと同じではないのか?
 与党には、選挙の勝ち負けの前に我が国の民主主義社会を維持し発展させるという基本的な責務があると私は考えている。選挙に勝つだけならいくらでも手段はあるし、現実に手段を選ばず政権に居座り続けている政党や独裁者が支配している国も存在している。でも、それをしないのが民主主義国家で、それが与野党の共通の価値観になっているはずなのである。選挙は民意の反映?それは民意と民意がぶつかり合う場合だけのことで、今回の総選挙のどこに選択肢があったのだろうか?それをぼかし訳の分からない選挙戦に持ち込んだのが今回の解散・総選挙で、そこに優れた選挙戦術があった。でも、それはまるで勝ち負けを競うPCゲームのようなものだった。議席では与党は勝った。でも、民主主義の番人として、あの投票率では民主主義国家を預かる与党としては敗北ではなかったのか?そうは思わず、勝った、勝ったと喜んでいるとしたら、この国の根幹や原理原則がぐらぐらし始めたとしか言いようがない。まさか与党は民主主義とか国民の政治意識の向上など煙たく面倒くさいものと思ってはいないと思うが…。
 何が危険かって?低投票率は強固な支持母体を有しているところを勝ちに導く。盲目的な信者、党の支持に末端まで従うことが義務化され、またそれが当然だと思っている支持者の政党。そして自由業で業界に支えられている政党(見返りが保障)。今回の選挙結果がそれを如実に示す。ナチスだって選挙を経ているんだよ。上からの指示をきらい、それどころではないという人たちに支えられている政党は負けてしまうのが低投票率選挙。それを仕組んだとしたら大したものだ。戦前の有資格者選挙のようなものだ。でもね、それどころではないという人たちによってこの国は成り立っているんだよ。 

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