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Taku's World

2018/10/18

企業の詐欺的行為

また、企業のデータ改竄が発覚した。KBYの仕業は犯罪だ。何のための装置かと言えば安全のため。その安全であることを証するデータをごまかしているのだから、地面師と同じだ。それで代金を貰っているのだから、詐欺ではないのか。アメリカならトップの両手に手錠だ。個人なら捕まっても会社なら許されるのか。最近、この手の企業犯罪が多すぎる。今日もジャパネットたかただ。日本はいつからこうなった。日本のトップが、嘘八百に強弁と権力で押し通すのだから下々も同じになる。モリカケも化学調味料を昆布にカツオだしと言うようなもので、ばれれば、使用人が勝手にやったことになる。真っ当ではない。悪党の世界だ。誰だ!こんな国にしたのは?

2018/05/11

日本はどこにある?

日本はどこにある?政権がらみの中央省庁のデタラメぶりに我が国の地盤が崩れ始めたのを感じつつ、思ったことは、このことだ。自らのために矜持も社会正義も投げ出して平気な輩がうじゃうじゃしている世の中はいつ頃から生まれたのか。日本というのは東京ではない。財務は官庁として東京にあるのではない。今、私が生きている、この地が日本であり、県であり、市町であり、この地域だし、財務活動(財務省)も教育(文科省)も仕事(厚労省)も、今生きている、この地、この瞬間にある。そう捉えると、身近にも同じような体質で、親分に忖度して、学ぶべきは怠け方や遊び方だけなのに、要領よく直ぐなる世の中を横に渡り、親分背中に猟官するような輩がうじゃうじゃといるではないか。これは、その親分どもが悪い。柳瀬氏や佐川氏が親分と頼んだのは誰だ、その親分の体質や志のレベルが生んだ問題で、批判を躱せて万歳では、国を私物化しているに等しいのだ。身近なこれらを改革できるか?できないだろう。それが、一連の問題の本質なのだ。主義主張だけのネットを占領する政権ポチは、身近な社会を誰でも明るく生活できる社会にすることに後ろ向きな、似非愛国者なのである。

2018/04/19

無様な東大卒高級官僚

2005年6月17日私のHPにかような一節をUPしたのを思い出した。福田次官も佐川氏も小中学校時代は恩師から見れば自慢の子どもであったに違いない。だが、年齢を重ね地位も上げて官僚社会での振る舞いを見ると、このエリートたちの教育が何か間違っていたように思えてならない。

…略…中学、高校で子供たちが受けた苦しい訓練と抑圧は、不思議にも大学生になったとたん消え去る。成績評価はてぬるいし、企業は成績にはほとんど無関心だ。大学を卒業し就職すれば、大学で何を学んでいようと関係なく、新入社員研修で一から訓練を受け直さなくてはならない。大学の勉強は将来にほとんど影響しないので、高校を卒業すればあとの4年間は遊んで過ごすだけだ。
…略… 東京大学はまさにエリートの頂点に立つ大学だが、欧米の基準で見れば学問の園どころか学問の墓場である。大学本来の一大目的は学生に社会奉仕精神、一種の倫理観を育てることだが、東大では全く心得ていない。卒業生はまっすぐ政府の省庁に入り、そこで賄賂を受け取り、暴力団に金を貸し、カルテを改竄し、河川や海岸を破壊する計画を立てる。─同僚も教授も、それに対してうんともすんとも言わない。先進国の名だたる学府で、世界にも自国の社会にもこれほど貢献していない大学はまずないだろう。
これは、Yale 大で日本学を専攻し、Oxford大で中国学を修めた後、慶応大に通いながら日本の茅葺き屋根を修復して歩いた「美しき日本の残像」「犬と鬼―知られざる日本の肖像」の著者アレックス・カーの愛する日本に向けた近親憎悪にも似たような日本の教育制度批判だ。「大学で 4年間、つまらない講義を受け、ほとんど勉強しないで無為に過ごすのは、効率優先の国にしては信じられないほどの時間の浪費ではないか。」とすれば答えはただひとつ、日本は本当は大学など必要としていないとしか考えられない。こう言い切るのは、エドウィン・ライシャワー元駐日大使。日本の教育が真にめざしているのは「教育」ではなく「去勢」だ。(元厚生官僚の故・宮本政於氏)…略…

2018/02/28

始まるぞールール改正

ピョンチャンオリンピックでの日本選手団の活躍に日本中が沸き立っているが

危ない危ない。かつて複合で日本が勝ち始めたら、距離とジャンプの配点比重を変え、ジャンプ競技では、身長 に対するスキ板の長さ制限という欧米人有利なルール改正を平然とやってのけた。今度は、フィギュアスケート 採点、カーリング、スピードスケートが狙われるかな。

2014/12/27

衆議院選挙の低投票率

野中広務さんが発言しているが、この件に関してはもっとものこと。そもそも勝ちだけをねらい、解散・総選挙したのだから、与党が勝って当然。国民には、選挙の意味も、争点もぼけて、何がなんだか分からなかったはず。それをねらったところに政権の卑しさを感じてならない。「このタイミングで総選挙。安倍さんは大したものだ。」と党内では絶賛だそうだが、手段を選ばず勝ちだけをねらって試合しているようなもので、まっとうな試合ではない。それに気がつかないとしたら、それはもはや政治に大義がなくなったのと同じではないのか?
 与党には、選挙の勝ち負けの前に我が国の民主主義社会を維持し発展させるという基本的な責務があると私は考えている。選挙に勝つだけならいくらでも手段はあるし、現実に手段を選ばず政権に居座り続けている政党や独裁者が支配している国も存在している。でも、それをしないのが民主主義国家で、それが与野党の共通の価値観になっているはずなのである。選挙は民意の反映?それは民意と民意がぶつかり合う場合だけのことで、今回の総選挙のどこに選択肢があったのだろうか?それをぼかし訳の分からない選挙戦に持ち込んだのが今回の解散・総選挙で、そこに優れた選挙戦術があった。でも、それはまるで勝ち負けを競うPCゲームのようなものだった。議席では与党は勝った。でも、民主主義の番人として、あの投票率では民主主義国家を預かる与党としては敗北ではなかったのか?そうは思わず、勝った、勝ったと喜んでいるとしたら、この国の根幹や原理原則がぐらぐらし始めたとしか言いようがない。まさか与党は民主主義とか国民の政治意識の向上など煙たく面倒くさいものと思ってはいないと思うが…。
 何が危険かって?低投票率は強固な支持母体を有しているところを勝ちに導く。盲目的な信者、党の支持に末端まで従うことが義務化され、またそれが当然だと思っている支持者の政党。そして自由業で業界に支えられている政党(見返りが保障)。今回の選挙結果がそれを如実に示す。ナチスだって選挙を経ているんだよ。上からの指示をきらい、それどころではないという人たちに支えられている政党は負けてしまうのが低投票率選挙。それを仕組んだとしたら大したものだ。戦前の有資格者選挙のようなものだ。でもね、それどころではないという人たちによってこの国は成り立っているんだよ。 

2014/02/16

こんな世界もある

2月11日は建国記念日。この日、凍てつくような寒さの中を代々木上原から明治神宮前2014211omotesanndouへ。表参道を上り明治神宮に出かけたら、外人ツアーに出くわした。積み上げられた酒樽の前でガイドは「Rice Wine」とのたまわっていた。なるほど!清酒はRice Wineか!この日は神宮にとっては特別な日。特別な人たちでごった替えしているだろうと思ったが、飛び交うのは英語に中国語。春節だものね

表参道は真冬のお祭り。反対車線には日の丸掲げた街宣車。ファッションブランドビルの前を雅楽が鳴って、神主を先頭に、ボーイスカウト、園児のパレード、その後は大学のマーチングバンド、そして御神輿。あの寒い中、いや凍えつくような寒気の中、下は締結1枚素足に上は法被姿の御輿会がそれぞれの御輿を担いでうねりながら明治神宮に向かっていく。そこに特別な世界が出現したような錯覚に陥る。こんな世界があって、こんな人たちがいるんだ!

 

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