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Taku's World

2021/01/27

高齢者と老人は異なる

 いよいよ今月卯月の半ばには満の古稀を迎える。数え年ではもう既にである。
「酒 債 尋 常 行 處 有 人 生 七 十 古 來 稀 酒 債 尋 常 行 處 有」(曲江 杜甫)
人生70年古来稀だというが、今やうじゃうじゃ。人生80年の時代、たかが70歳だ。だが、古稀を迎える私より遙かに若かった人がいたし、いる。地下鉄サリンで一躍世界に名を馳せた聖路加病院の故日野原重明氏。サリン事件のこの時、83歳で陣頭指揮を執り630名の治療にあたった。3年前の80歳の時に、大災害に備えて廊下、待合室の壁面に酸素配管2000本を設置していたそうだ。2017年満105歳で世を去られたが、96歳でなお教壇に立っていた。諏訪中央病院鎌田實先生。1948年生まれというから私より3つ上。チェリノブイリ、イラク、東北の支援を今なお続けている。「幸せだから笑うのではない。笑うから幸せなのだ」このことばにぐっときた。励ましの名人だ。何と言っても加山雄三。1937年4月生まれと言うから満83歳か。それでも若大将と呼ばれる。うらやましい限りだ。歌と海をこよなく愛す。タレント業のほか、音楽家としてギタリスト・ピアニスト・ウクレレ奏者、画家でもある。
 高齢者即ち老人ではない、と思い切って私は見栄を張る。北城恪太郞さんではないが、(あ)明るく、(た)楽しく、(ま)前向きに生きることができる人は美しく若々しい。そしてプロであり続けている。人はみな何かのプロだ。プロはその人しかできない何かができる。日野原さんも、鎌田さんも、加山雄三もできる何かをもって、明日を夢見てなお向上心を忘れず、それぞれの社会で人々に勇気と希望を与え、光を放っている。その活力、エネルギー。若い!いくら年齢重ねたって若くはいられるのだ。その逆を言えば、その心の持ちようを失った人が老人なのである。

2020/12/10

12月になっても雪がない富士山

変である。12月に入っても富士山に雪がない。うっすらと冠雪したかと思えばすぐに消えて青々とした富士に戻ってしまう。雪がないということは富士山の大気が温かいのかと思ったら、本日は-11.5度とか。同じようなことは2012年にもあった。2012年1月、今年の富士山には雪がないと言われていたら、同年1月28日、富士五湖直下震源とするM5.4、震度5弱の地震が発生した。2011.3.11は東日本大地震。さて、富士山地震、噴火などにいたらなければいいが。杞憂であってほしいものだ。富士山に積雪がないのは地熱があるからなんていうことはないだろうな。大体、安政大地震、黒船来航、安政の大獄、コロナ蔓延、インフルエンザ流行と続き、幕府は瓦解していった。世情不安や疫病流行と富士山噴火はセットになっているように感じる。大Oedm8299 丈夫だろうな。

2018/06/15

ニュー新橋ビル 買い占め反対

昨日は新橋。いつものごとく散髪にニュー新橋ビル内の、ステーションバーバーを訪れた。東京勤めの頃、昼休みに虎ノ門からさっと新橋駅ガード下のステーションバーバーに出かけ、素早く散髪を済ませて職場に戻って間に合った。そのステーションバーバーは新橋駅の改修で消えて、私も東京勤めが終わって、ご縁のない存在になっていたが、偶然にも当時を知る理髪師Kさんに出会い、ステーションバーバーがニュー新橋ビル2階に移動して営業していることを知った。それ以来、もう4年になるか。東京遊びのついでか、散髪のついでかは分からないが、昔話や世間話をしに、Kさんを指名して時を過ごしてきた。ニュー新橋ビルのエスカレータを上がると正面は居酒屋たしか初藤だったと思う。そこまでは、新橋らしくてよい。そこを左に曲がって一直線。一番奥にこのバーバーはある。だが、たどり着くまでが大変。両脇にマッサージ屋がひしめき、歩けば、片言の日本語や手招きが待っている。それを振り払いバーバーの人となる。Kさん曰く。このニュー新橋ビルはすでに中国人女性に買い占められていると嘆く。戦後の闇市の露天は、新橋商事やテキ屋の関東松田組によって、木造平屋長屋形式の「新生マーケット」が設立されて露天は一箇所に集まった。その後、再開発で現在のビルになって、もう50年近くなる。地下には、かっての露天よろしく一杯屋で夜の賑わいを演じている。お父さんたちの聖地が中国に買い占められているということだ。私有地を認めない国の人が私有地を認めている国の土地や家屋を買い占める。変ですよ。これって、占領ではないか。規制を強めて認めない、それでいこう。二人は合点した。

2016/02/28

私の顔は?私が私でなくなる瀬戸際

羽田からバンコクへ。入国審査。女性審査官の後に並んでいたら、男性審査官が戻り、隣の列に移るよう指示され、審査官の前に。しかし、許可が下りない。審査官は何度も何度もパスポートを見直している。そして、もう一度、そこを見ろという指示。見れば、そこには小さなカメラがある。彼はそのカメラが捉えた私の顔とパスポート写真を比べているのだろう。それで許可が下りない。パスポート写真は5年前、2011年8月のもの。さらに審査官の「審査」が続く。この人物は、このパスポート写真の男と同一人物か、と疑っているのだろう。私?何者?私が私でなくなる瀬戸際だった。これで別室に案内されたら、尋ねてみようと覚悟した。「私は何者でしょう」と。私の顔は彼にとって実弾や薬と同じレベルということだ。果たして…。10分程して、ようやく許可が下り、微笑みの国?タイランドへ入国。この5年間、審査官が疑うほどに顔かたちは変化していたのだろうか?

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