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2023/01/04

今年の正月 癸卯

令和5年が始まった。今年は卯年で年男。高田郁は「みをつくして料理帖」に中で、小松原に「卯年は金に縁がない」と言わしめている。然り。金に縁がなく還暦から12年。速かった。あっという間の12年だった。顧みればぴょんぴょんと兎のように跳ねていた人世だった。この12年も同じだった。西鶴は辞世の句に「浮世の月見過ごしにけり末二年」と詠んだ。前書きに「人間五十年の研まり、それさへ我にはあまりたるに、ましてや」とある。人世五十年、楽しい現世を二年も余分に生きちゃったくらいのいい。儲けちゃった二年ということか。私は、末二十二年。余計にどころではない。人世五十年時代に比したら、半分近い。どう生きてきたのか。死ぬまで生きるというのは故石原慎太郎。亡くなる直前まで小説を書いていた。死ぬまで生きたのである。死なないことと生きていることとは違うんですよね、とは玉川徹。これも然り。故日野原重明先生は、90歳で教壇に立ち、医療の現場に死ぬまで立ち続けておられた。感服するし、憧憬する。
 年男・年女になることは1つの区切り。そう思って年末にはお伊勢参り。お願い事ではない。来し方を感謝してきた。伊勢飾りも求めた。伊勢地方では、お飾りは年中飾ったまま。ど真ん中の木札に「蘇民将来子孫家門」とある。蘇民とは貧しい民のこと。牛頭天王に頼まれ親しく優しく応じた蘇民は将来幸せに暮らしたという伝説に基づく。その蘇民がお守りにしていたのが「蘇民将来」詳しくはこちらを。この木札にある文字、将と門、それを併せると将門になってしまう。それで「笑門」としたと土地の人は語る。笑う門に福来たるだ。ついでながら神棚や神社の注連縄は、向かって右が太い。だが、この伊勢飾りは左が太い。これも地方とは違う。この伊勢飾りに伊勢宇治飾りを求めてきた。伊勢でもだんだん継承されなくなってきた、この宇治飾りは、雄松・雌松からなる門柱飾り。神がかった訳ではない。年男・年女を気に、この伝説がごとく生き方を見つめたのだった。笑門だ。
 除夜の鐘が鳴った。地元の浅間神社にお参り。ここでも感謝。そして、菩提寺のお墓に新年のお参り。ここでも感謝。帰って、一寝入り。6時に起きて浮島ヶ原の初日の出と湧水の初飲みに出かけた。そうして帰って、仏壇に純米酒を捧げ、私もまたお屠蘇を口にした。それから三嶋大社へ。これまたおかげ参り。
 3日には、池上七福神巡り。池上本門寺は日蓮宗、我が家と同じ。池上本門寺で招福の白札、魔払いの黒札を求めて帰ってきた。これで、正月の行事は終わり。よきことは、神仏が招くのではなく蘇民将来よろしく己次第。心がけて生きよう。

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