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Taku's World

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2023年1月

2023/01/17

獺祭 旭酒造櫻井社長に学ぶ

昨年薬剤師になった姪っ子から、新年ご挨拶で獺祭をいただいた。そんな高価なお酒を呑んだことがなかったので、仏壇に供えていたら、生もの、できるだけ早くお飲みください、で慌てて封を開けた。獺祭、元旦届けとあった。ワイングラスで香りを楽しみ、喉を通した。甘く芳醇な香だ。「私たちはWineのような日本酒を造ろうとは思っていません。」日本酒らしい日本酒を造ろうとしている意気込みが感じられる。これなら売れると思った次第。だが、その味以上に、この獺祭を調べていく内に、獺祭の櫻井博志社長を紹介した「ぼくらの履歴書」に行き着いた。https://employment.en-japan.com/myresume/entry/2020/06/16/103000 「小さな蔵元で売り上げ減少、廃業寸前から世界の銘酒へ。杜氏の寒づくりから脱却。今日と同じ明日は来ない。何かが起こる前提でやるしかないと櫻井社長。今や世界の獺祭。ぐっと来た。」 とFBに書いてupした。社長の仰るとおり、今日と明日は同じではない。今日は昨日とも異なる。昨日またかくてありけり 今日もまたかくてありなん、ではない。その変化を見つめる目が大事だし、その目があるかどうかで明日を開けるかどうかが決まる。気づきこそ大切なのだ。

2023/01/15

知的で素敵な人であってほしい

昨日、静岡出張があって、通勤時間帯を少し回った頃の電車に乗った。座ったシートはシルバーシート。70歳を超えた高齢者だから、まあいいだろうと座ったが、私より高齢者が乗車してきてシートに困っていたら、席を譲ろうと覚悟を決めていた。車内は空いていた。よかったである。富士辺りから1人の清楚にコーディネイトされた服装の妙齢な女性が乗ってきた。彼女は脇目も振らずシルバーシートへ。服装からくる印象と行動とのギャップに驚いた。だが、それだけではない。質実なリュックから百均で売っているような小物入れを出すと、その中から化粧道具を出して、車内化粧を始めた。えっ!である。この人が?服装から沸き立つイメージと余りに違う。そうして、一通りのメイクが終わったら、それらを件の小物入れにしまった。次にスマホを出して、さかんにスマホを見ている。私はざっと車輌内を見渡した。スマホを操っているのは6人。読書していた1人の若者がいた。何やら文化の違いを感じた。件の彼女は草薙で降りた。まさか、県立大や常葉大の学生ではあるまい。学生の年齢ではなかったからだ。目くらましを受けたような感じになって静岡まで乗車した。

2023/01/06

明日は松の内が明ける 伊勢飾りはどうしよう

本日は1月6日で、明日は7日。松の内が明ける。松の内とは11日から7日まで。で、7日に七草がゆを食す。セリ ナズナ/ゴギョウ ハコベラ/ホトケノザ/スズナ スズシ。この7草を取りそろえるのは難しい。今や7草はセットとして販売されているが、高価。朝、7草がゆを食して、松の飾りを下ろす。関西はじめ西日本では115日まで。なぜ松の内というかというと、松は依代だという。年神様が門松、松飾り、鏡餅を依代にして滞在される。松を飾っている間が松の内。でもな、近年、注連飾りはあっても、門松や松飾りは殆ど見なくなった。3日に池上七福神巡りに出かけたが、池上本門寺周辺で見られたのは、門扉の両脇に松がしつらえられていて、それに輪飾りをつけたものが多かった。両脇に飾るからか、門扉は中央開きが殆ど。我が地方では玉飾りと呼ばれているものが玄関飾り。近年は小振りなものが多くなった。百均で、500円で販売されているのには驚いた。これら依代を飾っておく期間が松の内。
 さて、明日は1月7日。私は悩む。今年の我が家の正月飾りは伊勢内宮辺りで伝統的に飾られた「宇治飾り」で門扉を整え、玄関は伊勢飾りを据えた。伊勢飾りは伊勢地方では1年中飾ってある。蘇民将来子孫家門と書かれた木札が中央にあるものだ。この木札は依代というより護符。これは、前回少し触れたが、牛頭天王即ち素戔嗚尊にかかる伝説に基づいている。
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古事記によると昔、伊勢の地を旅した須佐之男命が、夕暮れに泊まるところがなく困りはてていました。この地には、将来兄弟という二人が住んでおり、弟の大変裕福であった巨旦将来に、宿を頼んだが、これを断られてしまう。その兄である、大変貧しい暮らしをしていた蘇民将来は、この頼みを快く引き受け、貧しいながら、出来る限りで、もてなし一夜を過ごした。須佐之男命は、これを大変喜び、一宿の恩返しとして、茅の輪を与え、「後の世に疫病あらば、蘇民将来の子孫と云いて、その茅の輪を腰に付けたる者は、難を逃れるであろう」と言い残した。以来、蘇民家は、後の疫病が流行っても免れ、代々栄えたという。この故事にあやかり、「蘇民将来子孫家門」の護り札をしめ縄に付けて、一年中門口に飾り、無病息災を願う、慣しとして今に受け継がれている。 http://shimenawa.net/
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護符故に年中掲げておくか。そうは言っても我が家は伊勢・志摩ではない。外してどうしようかとこれまた悩む。

2023/01/04

今年の正月 癸卯

令和5年が始まった。今年は卯年で年男。高田郁は「みをつくして料理帖」に中で、小松原に「卯年は金に縁がない」と言わしめている。然り。金に縁がなく還暦から12年。速かった。あっという間の12年だった。顧みればぴょんぴょんと兎のように跳ねていた人世だった。この12年も同じだった。西鶴は辞世の句に「浮世の月見過ごしにけり末二年」と詠んだ。前書きに「人間五十年の研まり、それさへ我にはあまりたるに、ましてや」とある。人世五十年、楽しい現世を二年も余分に生きちゃったくらいのいい。儲けちゃった二年ということか。私は、末二十二年。余計にどころではない。人世五十年時代に比したら、半分近い。どう生きてきたのか。死ぬまで生きるというのは故石原慎太郎。亡くなる直前まで小説を書いていた。死ぬまで生きたのである。死なないことと生きていることとは違うんですよね、とは玉川徹。これも然り。故日野原重明先生は、90歳で教壇に立ち、医療の現場に死ぬまで立ち続けておられた。感服するし、憧憬する。
 年男・年女になることは1つの区切り。そう思って年末にはお伊勢参り。お願い事ではない。来し方を感謝してきた。伊勢飾りも求めた。伊勢地方では、お飾りは年中飾ったまま。ど真ん中の木札に「蘇民将来子孫家門」とある。蘇民とは貧しい民のこと。牛頭天王に頼まれ親しく優しく応じた蘇民は将来幸せに暮らしたという伝説に基づく。その蘇民がお守りにしていたのが「蘇民将来」詳しくはこちらを。この木札にある文字、将と門、それを併せると将門になってしまう。それで「笑門」としたと土地の人は語る。笑う門に福来たるだ。ついでながら神棚や神社の注連縄は、向かって右が太い。だが、この伊勢飾りは左が太い。これも地方とは違う。この伊勢飾りに伊勢宇治飾りを求めてきた。伊勢でもだんだん継承されなくなってきた、この宇治飾りは、雄松・雌松からなる門柱飾り。神がかった訳ではない。年男・年女を気に、この伝説がごとく生き方を見つめたのだった。笑門だ。
 除夜の鐘が鳴った。地元の浅間神社にお参り。ここでも感謝。そして、菩提寺のお墓に新年のお参り。ここでも感謝。帰って、一寝入り。6時に起きて浮島ヶ原の初日の出と湧水の初飲みに出かけた。そうして帰って、仏壇に純米酒を捧げ、私もまたお屠蘇を口にした。それから三嶋大社へ。これまたおかげ参り。
 3日には、池上七福神巡り。池上本門寺は日蓮宗、我が家と同じ。池上本門寺で招福の白札、魔払いの黒札を求めて帰ってきた。これで、正月の行事は終わり。よきことは、神仏が招くのではなく蘇民将来よろしく己次第。心がけて生きよう。

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