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2019/07/29

佐々木投手の登板回避と部活の闇

部活ガイドライン 抜け道探る動き 「闇部活」の実態

名古屋大学大学院の内田良が表記の小論をWEB上に寄せている。部活ガイドラインの内容は、平成9年9月の体育審中間まとめの内容に近い。あれから22年、何ら変わっていないということだ。だが、その中間まとめも当時の高体連、中体連の組織をあげての抵抗にあって、本答申では消えている。大体が、部活動の負担軽減など彼らが賛成するわけがない。高体連も中体連も、新潟高野連の負担軽減にクレームを付けた高野連も、役員たちはその既存の体制の中で地位を得ている人たちだ。その彼らが自らの足下がぐらつくような改革に乗ってくるわけがないのである。そして、部活動の厄介なところは、特に高校は〇〇大学何人合格、全国総体優勝などを生徒集めのPRに使い、まるで自校の教育成果が有名大学に入れることやインターハイで好成績を修めるところにあるような振る舞いをしているのだから、そう簡単に改革ができるわけがないのである。現実を見たらいい。国際大会で活躍している選手たちで、部活動だけで育ってきた選手が何人いるのか。我が国の全体的な国際大会の結果を見たって、個人スポーツが殆ど。野球やサッカーだって、部活動育ちではなく、クラブ育ちが殆どだ。もっとも中体連の野球は軟式だが。もはや選手育成などは部活動では無理なのだ。大体が公立中学校は小規模校化でチームスポーツはチームを組むこと自体が難しくなっている。学校体育は生涯体育の一貫に位置づけて、ほどほどに、そして運動を好きになるところで十分なのだ。私学経営者もスポーツで経営しようとするなら、クラブをつくればいい。高校に在籍させて、例えば野球のために授業は適当でいい。成績不良でも単位はあげる、修学旅行は行かせず練習優先、なんてあってはならないはずが、それがまかりとおる。変ですよ。それは大蔵省、財務省、それに文科省の責任が大きい。部活動を容認し学校体育でスポーツ行政をやってきたおかげで、この国には、プロのスポーツ指導者が育たなかった。要するに科学的知見をもったスポーツ指導者が殆どいないという状況を生み出してきたのである。生涯スポーツ振興にはお金がかかる。余程学校で学校の施設を利用して、学校の先生方にまかせておいた方が安上がりにできるからである。逆にスポーツ指導者で生計を立てるには、水泳、柔道、剣道、最近では卓球、体操等、個人が入会できるスポーツの分野でしかない。奇しくも大船渡野球部の國保陽平監督は、筑波大学体育専門学群を卒業、社会人クラブチームにも所属し野球米国にも渡り独立リーグの選手にもなっている。さらに監督とはいっても体育科を担当するの教師なのである。大学での知見、米国での経験など国際感覚も有した監督だったのである。佐々木投手は奇跡的によき監督に巡りあったというべきである。
 野球は特別ではない。朝日新聞や毎日新聞が大会を組織しイベントにし記事にしているからおかしくなる。多くの他の種目と同様で、全国大会はインターハイなのである。一同に会せずともいい。5月から1週間に一度の地域リーグ戦や代表戦を7月までにやって代表が甲子園に集まったとしても、4日以上は開けるようにしないといけない。夏の暑さの中、汗と涙、連投にもめげず、ファンがドラマを見るために部活動をやっているのではない。そんな美化されたストーリーのために野球をやっているわけではないはずだ。
 終わりに一言。私は昭和50年代に部活動を学校体育から外に出し、学社連携で実施した経験を有している。私自身、部活動に熱かった教員であったが、この学社連携の育成会によって、①専門的指導者を得て部活動自体の成績は飛躍的に向上した。②これが何より。中学校において、部活動の時間的制約を受けずに、放課後、学習における個人指導や生徒会活動、学級会活動が極めて充実した。勤務時間内から部活動を実施していた他校にはなかったことである。

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