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Taku's World

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2018年4月

2018/04/24

水戸黄門、いずれがリアルか

水戸黄門作者は集団だという。番組6時46分に黄門様が現れて悪人を退治するが、いずれがリアリティがあるかといえば、それは悪人の方。現実社会はうじゃうじゃ。黄門様御一行はいないんだな。だから喝采。

2018/04/19

無様な東大卒高級官僚

2005年6月17日私のHPにかような一節をUPしたのを思い出した。福田次官も佐川氏も小中学校時代は恩師から見れば自慢の子どもであったに違いない。だが、年齢を重ね地位も上げて官僚社会での振る舞いを見ると、このエリートたちの教育が何か間違っていたように思えてならない。

…略…中学、高校で子供たちが受けた苦しい訓練と抑圧は、不思議にも大学生になったとたん消え去る。成績評価はてぬるいし、企業は成績にはほとんど無関心だ。大学を卒業し就職すれば、大学で何を学んでいようと関係なく、新入社員研修で一から訓練を受け直さなくてはならない。大学の勉強は将来にほとんど影響しないので、高校を卒業すればあとの4年間は遊んで過ごすだけだ。
…略… 東京大学はまさにエリートの頂点に立つ大学だが、欧米の基準で見れば学問の園どころか学問の墓場である。大学本来の一大目的は学生に社会奉仕精神、一種の倫理観を育てることだが、東大では全く心得ていない。卒業生はまっすぐ政府の省庁に入り、そこで賄賂を受け取り、暴力団に金を貸し、カルテを改竄し、河川や海岸を破壊する計画を立てる。─同僚も教授も、それに対してうんともすんとも言わない。先進国の名だたる学府で、世界にも自国の社会にもこれほど貢献していない大学はまずないだろう。
これは、Yale 大で日本学を専攻し、Oxford大で中国学を修めた後、慶応大に通いながら日本の茅葺き屋根を修復して歩いた「美しき日本の残像」「犬と鬼―知られざる日本の肖像」の著者アレックス・カーの愛する日本に向けた近親憎悪にも似たような日本の教育制度批判だ。「大学で 4年間、つまらない講義を受け、ほとんど勉強しないで無為に過ごすのは、効率優先の国にしては信じられないほどの時間の浪費ではないか。」とすれば答えはただひとつ、日本は本当は大学など必要としていないとしか考えられない。こう言い切るのは、エドウィン・ライシャワー元駐日大使。日本の教育が真にめざしているのは「教育」ではなく「去勢」だ。(元厚生官僚の故・宮本政於氏)…略…

2018/04/18

完全退職 mytime管理へ

本年3月31日をもって完全退職。無職になって20日が経とうとしている。正規職員38年。臨時嘱託6年、非常勤職1年。45年間勤めたことになる。無職になって楽になったでしょう、ご苦労様でしたとよく言われるが、そんなことはない。ご苦労はこれからという感じだ。
1 肩書きがない。ないわけではない。退職○○会副会長、○○会理事等役職は有してはいるが、名刺に掲げるまでもない。私は、二つの学会に入会しているが、例えば学会大会参加申込等というと必ず所属が求められる。肩書きがあっても、それは界に連なる組織の所属ではなく、身分を表すものでもない。自治会に行って社長を名乗るようなもので、何にも関係ない。要するに無所属。あー人生には際があり界があったのだと悟った次第。
2 職に就くというのはMytimeの提供。職が定めているスケジュールでMytimeも動いていて、45年間いや小中高は登校時間や下校時間、昼食時間があって、Mytimeはそれで動いていた。それが一挙に消えて、Mytimeは自分で設計して自分で作るようになった。これが結構しんどい。油断するとぐだぐだの生活になっていく。
3 目的や目標があり、そのためにすることがあった。それがないことの空虚感を味わっている。よく趣味があればいいというが、趣味は一方で結構きつい労働があってこそ生きがいとなる。つまり、一種の息抜きだから楽しい。 そうでないと趣味が趣味としての輝きを失う。この気分は、旧東海道を日本橋から京三条大橋にたどり着いて、歩ききった後の無力感、喪失感に似ている。それで、私は東下りをやり始めたのだが。
 処方箋は、常勤時代と同じ状態を創り出すこと。朝、5時30分には散歩に出かけ約1時間。帰ってきて朝食を摂 り、支度して7時46分の電車に間に合わせる。それから喫茶店に入り約90分の情報収集やもの書き。9時30分に は市立図書館。図書館では午後3時まで調べ事や原稿書き。そして帰って自宅でメールを確認したり読書したりて入浴・夕食。21時には就寝。このルーチン化した日課を火曜日から金曜日まで続けて、土・日・月は全く別な時間に仕立てる。何をしているかって?それは別の機会に紹介しよう。この連続に努めている。努めているというのは崩れやすく簡単なようで難しいんだよ。退職組の中には朝からビールで幸せなんてのたまわっている御仁もいらっしゃるが、酒は嫌いではないだけにそうなったら、危険極まりない。そうはなるまいと堪え堪えだ。仲間を募ってゴルフだ、麻雀だ。釣りだ等と仲間遊びをするのもいいが、老いが進めば一人二人と仲間は減って、やがて一人になる。いつまでも昔にすがって、群れているわけにはいかない。その時、何かが自分になければ、周囲や家族に迷惑をかけるだけ。孤独も一挙に打ち寄せる。
私達は、血縁、地縁、職縁の中で生きてきたが、完全退職すると縁はこの逆から消えていく。最後に頼るのは血縁。いつまでも職縁はいい迷惑だが本人は気がつかない。地縁は体が動く内で、今や老人会。一人で凛とした生活ができる。これを「自縁」と言っているが、これが理想だな。新たな自分と新しい人間関係作りだ。

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