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Taku's World

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2018年3月

2018/03/18

座席指定大失敗

ANA809便。Cクラスで5kを指定。富士山が見られるとの判断だったが、何とこの席は座席の横は窓が前の方に一つだけの特別席。加えて富士山付近では眠りの中に。とほほ、でした。座席指定で4を避けただけだったが。

2018/03/14

ハンコの意味

財務省の決済文書の改竄が問題になっているが、そもそもが決済は一人でやるのではない。起案者から順に決済されていって、最終決済者が組織の全責任を負って押印するもの。ダメなら決済しなければいいだけの話だ。ボトムの典型で、ドラッカーも高く評価するシステムだ。起案者は叡智を絞る。決済者はそれぞれの立場で判断し決断して押印しているはずだ。いい加減な決済はいわゆるメクラ判で素通りするもの。書き換え出来たということはメクラ判状態の素通り文書だったことだ。改竄はまだいい。目的のために手段を選ばず、犯罪めいたこともやるのだから、アングラでも意志が働いている。前者はもう組織の体をなしていない。中央官庁にこれが起きるなら、もう国がお終いだ。後者は独裁国家に足を踏み入れたこと。トップダウンで何でもありあり。逆らえば首が飛ぶということ。ハンコがかるすぎる。

2018/03/10

国保、税金に悲鳴。生きちゃいけない。

参りましたね。家内が深刻な顔をしている。78,900円。これは、二人分の毎月引かれている国民保険料。市県民税は2か月で58,600円。固定資産税3か月で38,600円。それに、冬場の電気代2万円、下水道代。年金は介護保険料を引かれて15万くらい。さらに所得税。年金消えちゃうよ。それに年齢制限で働きどころなし。どうやって生活するん だろう。これじゃあ、マレーシアかタイか東南アジアにでも引っ越さなくては生きていけないかあ。

2018/03/04

今日は町内河川清掃

本日は朝8時から町内の河川清掃。町内会員約1/4の200名強が参加してのボランティアだった。殆どゴミはないかと思われたが、出るわ出るわ。ビール缶、コーヒー缶、ペットボトルにその他。いいかげんにせんかだが、こうして供役に参加する人たちに感謝感謝。家族連れで、子どもに同じことやらせているお父さん、お母さん、立派です。一人一人がこれらゴミを持ち帰っていれば、こんな休みの日の供役は不要なのにね。

2018/03/01

1994年生まれと教育体制

平昌オリンピックで活躍した羽二生選手の同世代、1994年生まれが話題になっている。何しろ凄い。 フィギアの羽二生弓弦、野球の大谷翔平、水泳の萩野公介に瀬戸大也、柔道のベイカー茉秋、バドミントンの 奥原希望、卓球の丹羽孝希、レスリングの川井梨紗子に土性沙羅、スピードスケートの高木美帆に サッカーの南野拓実。まだまだいるはず。戌年生まれだからワンダフル世代だというのは茉秋選手。 スーパープレイヤーが続出で、これは国が主導した組織体制整備によるところだという論調が目立つが、果たし てそれだけか。体育面で気になるのは二極化だ。15年前に比べると、1500㍍を走らせると1周半ほど遅れるタイム低下がある。この話は北島康介選手が活躍していた頃、盛んに言われていたことだが、別の見方をすると、この活躍競技は、個人種目が殆どで野球やサッカーもリトルやシニアなどスポーツクラブの歴史がある競技であることに気付く。欧米では古くからそれが普通で、そうして、そこで育った選手が世界で活躍してきた。日本のように学校の部活動で育ってきたわけではない。私も教員時代、部活動指導に熱中した方だが、それを見たアメリカ人にクレージーと言われてしまった。教員は学業指導が本分と言いたかったらしい。ミュンヘンに伺った際、小学生は、午前で下校して、午後は6面もあるサッカーコートでサッカーに勤しみ、時には同じサッカーコートで練習しているバイエルンミュンヘンの選手が指導することもあると聞いて、とてもかなうはずがないと思った次第である。 日本では、スポーツクラブに通うにはかなりの費用を要するので、そこには経済格差が生じている。ひょっとして磨けば玉になる選手が陽の目を見ていないのかもしれない。そういうところへ、行きたくてもいけない子どもがどれほど多いか。さらに、この1994年に着目していただきたい。1992年から段階的に実施されてきた学校週5日制は2002年に完全学校週5日制になって、あの評判悪いゆとり教育がスタートするが、彼らの小中学校時代は、学校週5日制、ゆとり教育のど真ん中だったのである。これは今となっては余り言われていないことだが、変化の激しい時代、当時すでに学校が教えきったり育てきったりできる時代はとうに終わっていた。生涯学習の理念のもとに、学校を核にしながらも、社会全体で子どもを育てようとした気運が高まった時代でもある。だが、この改革は二つの点で政策的な誤りがあった。一つは、社会全体に子どもを育てるシステムをまだ構築できていなかったこと。二つは、簡単に言えば学力観の転換に伴う指導技術を教員側が持ち合わせていなかったこと。自主的、自律的、主体的にと言っても、どれ程の教員がこのことの意味を理解し、授業に砕くとどうなるかが分かっていたか。理念先行型で現実とは乖離していたのである。
1994年生まれに話を戻す。申し上げてきた状況下で、学習塾は手吊り広告等に学力低下をかかげ、キャンペーンをはって、考えるゆとりや心のゆとりを否定して経営を維持しようとしたが、確実に足場を固めていったのがスポーツクラブで、それは、子どもたちに生じた土日や放課後をなどを取込んで、やがて、このような選手育成に成功するに至るようになったと推測できるのである。私の地元には、バルセロナで金メダルを獲得した当時中学2年生だった岩﨑恭子選手が在学していた中学校がある。同級生曰く「恭子ちゃん、うちのプールで一度も泳いだことないよね」。私はそれでいいと思っている。ただ、この平成14年に向けて、社会全体で子どもを育てるシステム構築にお金をかけた気配はなく、学校ではやれないことを社会が行う気運もシステムも構築できなかったところに、平成10年改革の失敗の要因の一つがあったと思うのである。教育改革であったはずが、学校改革に押しとどめ、しかも世間の批判を浴びさせて、学校だけで大丈夫という不安をあおって、受験産業は経営が維持できて今日に至っているが、それは時間延ばしに過ぎず、学習塾は淘汰の時代に入っている。それはスポーツクラブも例外ではなく、少子化の激しい波は、この国をさらいそうな気配を漂わせているのである。

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