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Taku's World

丸山穂高議員の戦争、命。ゲーム脳。

丸山穂高議員の戦争発言報道を見て、とっさに思ったことはゲーム感覚ということだった。リセットできる戦争ゲーム。人の命をやりとりし、その命が消えてくイメージも重みもないらしい。学校教育で体験重視が叫ばれた2000年代の初頭の頃、この人は中学生であったか。私学でひたすら受験勉強に没頭していたであろう。バタフライナイフ、須磨のサカキバラセイト事件、ひょっとすると少年Aと同世代か。黒磯の女性教員殺害事件等々、荒れ狂っていたのは当時の中学生だ。この当時、産経新聞社会部が新潮社から出版した「理工教育を問う」の中には、当時の少年たちの信じられない話が掲載されていた。頁をあけて最初の話がカブトムシが動かなくなったである。カブトムシが動かなくなったではない。死んだのだけれども、子どもはコンビニに電池を買いに行くというのだ。これは母親の投書で実話。平成の一桁の頃、同僚が頭を掻き掻き話されたことも唖然。小学校1年の担任だった彼は面白半分に「海の中ではね、かまぼこは板を上にしてすいすい泳いでいる、ちくわはね、あの穴の中からジェット水流飛ばして猛烈なスピードで泳いでいる」。その昔なら子どもだって大笑いで、先生冗談ばかりでと混ぜっ返したはずだった。彼もまた、そうなると思い笑いながら話した。しかし、後日、保護者から先生いいかげんなこと余り言わないでくださいと抗議を受けたという。本当の話と思い込んだのである。それで子どもは父親にねだった。ねーお父さん、今度の日曜にかまぼこ、ちくわ獲りに海に連れってよー。この頃、日体大の調査で1/3の子どもが人は生き返ると答えたというニュースが流れた。ゲームのキャラクターと一緒でリセットしてまた再生というわけだ。丸山議員の年代を重ねるとこの世代とダブル。戦争はゲームの陣取りゲームでしかない。命を失うキャラクターもリセットで蘇る。戦火に追われ、死んでいく仲間を見ながら命をつないで現在を生きている元島民の戦争観や生命観ではない。そのうえ自分の感覚が正しいと思い込んでいる。左脳のみが肥大化した人?だ。人だとしたら、生物学的に脳に大きな変化が生じているのかも知れない。ゲーム脳?この男、バーチャルと現実との境目が殆どないと私は見た。おっぱいもみたいと言った女性についても、この人にとっては生身で喜怒哀楽があって、むしろ哀しみを湛えた人間という感覚がないのではないか。私の憤りは選挙民にも向く。誰だ選んだのは。選んだ以上、選んだものは責任持てと。国会が懲罰する前に選挙民が辞職勧告するべきだろうに。

2019/05/10

気力の低下に愛機の故障

連休明け、どうも体調が思わしくなく、気力も失せ始めていると感じている。ここのところ、朝の散歩にも出ないことが多くなってきている。

風邪を引き咳き込んでいたのが回復。喜んであちこちに出かけてぶり返し。それに抜歯も大きい。だが、それだけではない。

書斎の愛機VPCL22AJのwin10へのアップから変調が顕在化して、結局アウト。それで仕方なくWEBで見つけた安価(そう読み取れた)な業者に依頼。日光まで旅させて入院させた。ところがである。まず、愛機が規格を超えているという理由で5000円+。どのような点検をするかでさらに1万2千円超を+。見積もり依頼したら、10日も遅れて見積もりが届いたが、この時点で20日を超えていた。見れば、HDDがクラッシュとか。それでHDDの部品交換。都合3万8千円ほど。合計すれば5万円を遙に超える額。webではすべて4890円。ウソだろう。さらに、2TBだった愛機のHDDは500Gで帰ってくるとか。しかもデータ回収不能。自分でアプリは再インストールしてくれとのこと。結局、HDDの交換だけの修理。内臓HDDは2TBで7000円から1万円で手に入る。自分で換装すれば、それで終わりだった。アウトの原因がHDDにあると分かれば、その時点で外に出さず、早く仕上がって、元に戻った。法外な金払ってHDDの交換だけ。すっかり打ちのめされた。知識は金。思い知らされましたね。この商法、PCを送ることから始まるが、結局PCを人質にキャンセルできない状態を作るかなり怪しげな商法。
 かつて、SONYのデスクトップ機が変調を来してSONYに修理出したら、メモリーが壊れています。弊社で修理しますかと聞いてきた。自分でしますと言ったら、費用は5000円だった。そして同等品のメモリーを購入して入れ替えて復活。

 今回は全く違った。東京PC。この名前にもまやかされた。「東京」のもつ信用力だ。さて、どうするか。結局、修理キャンセルするとまたキャンセル料。仕方なくHDDを交換し、それはそれで保管して、つまりは保険にして、自分で元の2TBに換装することにした。このHDD代は別にかかるが(SDDへの換装も可能なようでWEB上で紹介されていた。ここまで費用は5万円超。知識不足のために発生した研修代だった。

 この間、落ち込みも激しかった。いつもの仕事ができないことに加えてどのように帰ってくるか心配で。結局、ダウンロードして導入してあったアプリの中にシリアル番号等が不明なものがあり、それは捨てることにもなる。さらにCドライブにあった私の約10年の講演等の音声データ約半分が消滅。殆ど外付けに記録させておいたデータが全てではなくcにもあったということ。トホホでさらに気力を失わせてくれた。

2019/05/06

女性トイレのこと

昨日5月5日は、蔵の街とちぎへ。朝6時15分発の電車で三島へ。熟考の上で品川まで新幹線。AB席の指定がとれました。品川からは、休日お出かけ切符。小山について両毛線に乗り換え。23分の待ち合わせ。この間にトイレへと向かって驚き。女性が延々と長い列をつくっているではないか。原因は二つ。そもそもが個室の数が少なすぎる。それに和式トイレの存在。家内曰く。女性の個室が3つくらいかな。それに和式が一つか二つか。高齢者は和式を敬遠するそうである。それを聞いてまたびっくり。和式は高齢者用だと思っていた。ところが、高齢者は膝や足が悪く、とてもかがめないので和式を敬遠するのだそうだ。都市圏でさえ、公共施設や学校には今なお和式トイレが数多く残っている。オリンピックを控え、外国人対応で東京都は38億円をかけて洋式に変えるのだそうだ。だが、それだけではない。高齢者の身体理由だ。今や一般家庭で和式トイレを見受けなくなった。平成の初め頃、新築するにあたり、和式トイレだった我が家から仮住まいに転居したが、そこは洋式だった。もうなくなった両親が使えるか心配したが、むしろ喜んでいたのを覚えている。和式トイレは使用法が分からない。今なお和式が残る学校では、入学してきた小学校1年生に個室に足の位置を図示するなど和式の使い方を懇切丁寧に指導するのだそうだ。それでも、公共トイレを使うのが嫌で我慢して体調を崩す子どもがいるということを聞いたことがある。公共施設のトイレで問題になることに男女の量的な格差もある。どうしても「平等」なスペースにすると女性用の数は少なくなる。小山駅で見られたことはその典型であった。それに輪をかけて和式問題が介在してくることになる。行列ができるのも当然なのである。もう一つある。普段の小山駅はあのトイレの数で用は足りていたかもしれない。普段は空いている両毛線のこの連休での混み具合は半端ではなかった。だから臨時列車も出すのだろう。このような繁忙期、女性用の仮設トイレを設置することはできないのだろうか?ちょっとかわいらしく清潔に。その位は益が出るのだからJR等には配慮して欲しいのだが。まあ、やるまいな。利用者より経費節減。増益が善だから。

2019/04/30

譲位による令和が始まる

明日5月1日は令和元年5月1日。そう書いて元年が5月1日はやはり変だと感じた。令和元年1月1日。こう書けたらよかったものを。そういえば、新元号の元年に1月1日はないことに気がついた。平成元年は1月8日から。昭和天皇御崩御の昭和64年1月7日の翌日だ。昭和元年は何と12月25日で元年は1週間しかなかったことになる。大正は7月30日。明治は西暦(グレゴリオ暦)1868年10月23日(太陰暦で慶応4年9月8日)からだが、この時は詔書に「改慶應四年爲明治元年」とあったから法的には明治元年1月1日が存在したことになるそうだ(wikipedia)。生前退位とマスコミは報じたが、正確には譲位。世襲を原則とした地位の継承を指すのだそうで、陛下も生前退位なる言葉には衝撃と違和感を覚えられたとか。とまれ、光格天皇( 安永8年11月25日 から文化14年3月22日ー1817年5月7日)以来だから歴史的なことになる。皇室典範は天皇崩御によってのみ皇位継承が行われることを定めていたのを陛下のお言葉を受けて譲位可能に改正された。陛下にとっては、かなり踏み込んだご決断であったことが知れる。もっとも皇室典範原案には譲位制度があったのを高輪会議で伊藤博文が反対して消されていたのが、時代を経た今になって原案に戻したに過ぎないが。長い皇室の歴史では譲位は珍しくはない。御崩御を「穢れ」として忌み嫌ったからとも解説されている。
 それにつけても、譲位ならなぜ1月1日にできなかったのか。恐らく、陛下がお言葉を発しても、それを受け入れるかどうかの議論が長かったためとしか私には映らない。御崩御の月日は特定できないが、譲位ならできたはず。当時の権力者伊藤博文の意向で原案が変わってしまった皇室典範だから、陛下のご意向を大切にすれば、早くに結論は出たはず。そうすれば1月1日が可能であったろうに。何しろ折り込みチラシには令和売り出しがあり福袋まであった。まるで二度目の正月が来たようだ。
 別事だが、田原総一郎は、なぜ女性天皇を認めないかについて、明治天皇は大元帥だった。女性が大元帥になるわけがないから男系と定めた。それを(大元帥になるはずがない)今になっても、なお続けていると断じておられたが、時代の変化は天皇は男系であるべきなのかというメッセージも送っている。実際、推古、皇極、斉明、持統天皇等1770年までに2人の重祚も含めて10代の女性天皇がいらしたのだから。当然と思い込んでいることも元をたぐれば、かなり??があることに気がついた。これも遅かったか。今日で平成が終わるのだから。

2019/04/28

高齢者の免許返上と地方格差

池袋で起きた元高級官僚高齢者の暴走事故が社会問題化している。一つ、加害者を上級国民と呼びなぜ、逮捕されないのかと疑問を投げかける声。二つ、高齢者の免許が返上されないこと。三つ、車の構造、アクセルとブレーキの位置等。私の心にとまった問題は、この三つ。余談もあるが。1は神戸で起きた事故加害者との比較だ。上級国民があるなら下級国民があるので、このような呼称を私は好まない。なぜ逮捕されないのかは、逮捕するにはするだけの要件が必要。彼が東大出の元通産省の高級官僚であり叙勲もいただいている人物であることをクローズアップして事故後を叩いても「次」は生まれない。それに逮捕したからには身柄をつけて検察庁に送って起訴手続きが必要だ。彼は怪我で入院中。身柄拘束して起訴できるかどうかは普通に考えれば分かること。マスコミやネットが悪い。逮捕されなくてもすでに社会的制裁は受けているし、逮捕しなくても起訴はできる。今後のことだが。それより社会的地位が高ければ、それに力む下卑な精神が嫌だね。どうも日本のネット社会にはその傾向がある。私の関心の一番は免許返上についてにある。加害者の落ち度は運転操作より池袋?東京?公共交通機関は充足しているしタクシーだって多い。鄙びたところではない。足が痛ければタクシーを使えばいい。その位の経済的な余裕はあろう。そこに見識の浅さを感じる。昨日、「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」あなたはナゼ秘境駅に来たんですか?で大井川鐵道ひらんだ駅が紹介されていたが、3日間、とうとう乗降客ゼロ。近くに集落はあるのに一人として乗降客がいない。聞けば「車の方が早い」と応える。1日5本。まだこれなら多い方だ。バスだって我が家の前の停留所は1時間に1本。結局列車、バスより車を選ぶ。地方へ行けば行くほどである。免許証を手放したくても手放したら生活できないのである。東京や大阪、名古屋の感覚で、この問題を捉えたら間違う。私は退職と同時に車を処分して我が家は一台所有にしたが、理由は三つ。車の維持費は結構嵩む。経済的理由。二つ、公共交通機関を使うことで歩く機会が増える。健康維持。体力増強。三つ、我が家は最寄り駅まで徒歩7分。結局手放せたのは三つ目があったからである。同じ駅まで30分となったらこうはいかない。高齢化で社会は高齢者の免許返上に動いていくだろう。この問題で都市圏と地方の格差はますます広がる。過疎地の足の確保は地方行政の大きな課題になっていくだろう。財政も許さないだろうから。三つの車の構造の論議では、私の関心は、ブレーキペダルやアクセルペダルの位置ではない。憚れるが、時速150㎞とも100㎞とも言われる高速で激突してプリウスはぐちゃぐちゃになったが、加害老人は怪我で済んでいることだ。プリウス凄い!だ。ボルボは徹底した安全対策車で運転手の身を守る車としてシェアを伸ばした。安全のためにボルボに乗る人が結構多かったが、今や日本車は安全対策で世界の最先端を行っているように見受けられた。プリウス凄い!だ。

 

 

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