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Taku's World

PC復活劇 win7からwin10へ。

 昨年3月頃から私のPCが変になり始めた。ちなみに私のPCは平成22年8月に購入したSONY製のVAIO、VPCL22AJ。23インチの一体型Desktop機でオーナーズメイド。23インチディスプレイ。2TBのHDDにメモリーは8GB。これは許容の最大値。ドライブはBD。これにチューナーがついて地上デジタル、BSを視聴できる代物だった。だが、購入した平成22年と言えば2010年。昨年は2019年だから10年使用したことになる。その前は同じSONYのVGC-RA50だった。そちらにも故障があった。メーカーに修理見積もりを出したらメモリーが壊れているとのこと。診断料5,000円かかったが、修理するか自分でメモリーを交換するかと聞いてきたので、返却してもらい、自分でメモリーを入れ替えて使っていた。RA50も7年ほど使ったが、VPCL22AJは10年。寿命が長かった。だが、起きたトラブルがHDDの故障とは気がつかなかった。はじめはHPビルダーで異常が現れた。フォルダーを介してファイルを読めなくなったのである。ビルダーのトラブルかとビルダーを代えたがダメだった。その内にますますおかしくなってリカバリーをかけてバックアップソフトで復元してみたが症状は変わらず。もう一度リカバリーと試みたら今度は完全にアウト。それで業者に修理依頼。これが失敗のもと。5万円近い修理費を支払い、返却されたのは2TBではなく500Gのwin10。修理に出した2TBのHDDは返してもらえなかった。返すのは有償だという。私のHDDであるはずなのにである。壊れていてもデータは引き出せる。そのまま返却してもらえば自分でできた。返ってきたPCはもはや購入時のものではない。付属のアプリ類もなければ、キーボードから本体操作ができるボタンも効かない。購入時ソフトは完全に消えた。データはバックアップとって出したので何とか復元できたが、修理品の2TBHDDを返さない業者は何事か!である。まるで盗人のようだった。
 このPCを購入時に戻すにはどうしたらよいか。どうせならと500GのHDDに換えて500GのSSDを装着して、リカバリーDVDを入れてリカバリーを試みたら2枚目でアウト。次にwin7を購入してOSを先にインストール。そうして再びリカバリーDVDを動かしたらやはり同じ。諦めて10ヶ月。ネット上で誰かがHDDが2TBなら2TBでなければリカバリーは無理と言っていたのを思い出して、Western DigitalのBlue2TBを購入して、同じことを試みたが、これも2枚目でアウト。メッセージをよく見たら305。メディアに傷があるとの表示。要するにリカバリーDVDの2枚目を壊してしまっていたのである。これが原因かとダメ元でリカバリーメディアを購入。VPCL22AJの裏蓋をガチンと壊れそうな音をさせて外して3.5インチのアダプターにSSDをセットして再び蓋を閉めて、WIN7をPC購入時のプロダクトキーでインストール。次に購入したリカバリーDVDを動かしたら、2枚目も通過するではないか。3枚目も通過。4枚目で何回か再起動があってVPCL22AJはSSDに換装されて購入時の状態に戻った。万歳である。
 それを、今度はwin10にアップ。おそるおそるGigaPocket DijitalをクリックしたらTV画面が現れた。動いたのである。この機能はWin7でのみだったはず。しばらく放置している間に、win10に対応するようバージョンアップされていたのである。さらに内蔵していた500GのHDDを外付けにして、おまかせ引っ越しPRO2で10ヶ月間使っていたアプリや設定、データを引っ越し。こうしてwin7マシンをwin10にしてTV視聴もできるマシンに換えたのである。もちろんwin10で使えなくなったアプリもいくつか。VAIOcareのように再設定が必要なアプリもあったが、Gigapocketが動き、VAIO特有の設定も復活。万々歳である。VAIOならではの困ったことがあった。Chromeとgmailである。Chromeはダウンロードできてもインストールができない。何度やっても同じ。ネットサポートを見たらVAIOはオフライン(スタンドアロン)ならインストールできるそうで、それをやったらChromeも設定完了。
 いやあ速い。SSDに換装したらこれ程速いとは。それに静か。ちなみに換装したSSDはCrucial-mx500。2.5inch。3.5インチアダプターはorico。地上デジタルもBSも視聴に録画もOKなので、7月の東京オリンピックでは活躍しそうだ。

2019/12/04

大嘗宮を見て

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もう二度とない。今生の見納めと、平日、込み合う小田急、千代田線と乗り継いで皇居へ。セキュリティチェックを受けて坂下門から宮内庁前、乾通を進み、案内に従って西詰橋を渡ったら???である。そこは江戸城本丸跡だった。明暦の大火の後、天守閣を再建しようと前田藩が築いた天守台をいただき、松の廊下跡もある。江戸幕府の心臓部だった場所である。ここは、東御苑、二の丸庭園から梅見坂や汐見坂を上がっていけば誰でも行ける場所で、私も数回訪れたことがあった。ここに!である。大嘗宮は、平安京遷都がなされて以来、朝堂院(内裏の正庁)の前庭に造営されて、大嘗祭自体が中断される時代があったものの、おおよそ大極殿の前庭に造営されるのが常だった。明治になって初めて現皇居内の吹上御所に造営されたが、それは明治の新政と無縁ではあるまい。大正、昭和天皇の時は京都御所内旧仙洞御所前庭。平成天皇は皇居内東御苑。そして今回同じ東御苑内。この場所への造営は初めてではなかったが、実際目の前にしてみると歴史を感じてならない。国破れて山河あり。城春にして…である。徳川幕府が権勢を誇った場所で、天皇代替わりの儀式である大嘗祭が行われている。徳川家の末裔の中には公団に生活している方もいると聞くし、かつての私の部下にも紀州徳川家の末裔がいた。もちろん大名生活をしているわけではない。風貌は家康に似ていたが生活は庶民だった。
 令和の大嘗宮は清水建設が9億円で工事を落差したという。秋篠宮殿下の御発言もあった。24億円の費用がかかったといわれるが、9億円を除いた15億円はどうしたのだろうと思った。今までは大嘗祭催行後は大嘗宮は破却、奉焼されてきたが、今回の資材は再利用されるという。陛下らしい。
 厳重なチャックを受けて皇居内に伺ったが無料。祝賀パレードに使用したセンチュリーのオープンカーも見られるというが見当たらない。案内所で聞いたら、四谷の赤坂迎賓館だという。初めて迎賓館内に。ここの管轄も宮内庁かと思ったら、こちらは内閣府。入館料1500円とあった。内閣府になるとどうもお金が付きまとう。桜を見る会の新宿御苑は無料だったと思うが。前庭のみは300円。長蛇の列でセキュリティチェックも空港内の保安検査と同じ機材が導入されている。リュックに背負っていた三脚は預かり処分。もち込めないという。くだんのセンチュリーはガラスケースに納められていた。菊の御紋章はついておらず、皇1なるナンバーは品川ナンバーに変わっていた。この車は内閣府の管理下になったという。
 見たかった高御座は東京では12月22~25日に2020年1月2~19日に国立博物館で無料で見られるらしい(京都では20年3月1~22日 )

 

2019/10/22

隠者の境涯

毎朝五時、カメラ持参で八千歩の散歩に出る。見え隠れする富士のお姿、変わる明け六つの暁光、風の騒ぎ、餌を狙うサギ、水面を滑る鴨にオオバン。桜も散るに嘆いて気がつけば道の辺の木槿。湖水のごとき五月雨の田はやがて稲穂に埋まる。日々に滞留なし。原・沼津間車中七分、積もって一年。十二冊を読了。時は磐走っても淀みがあり泡沫もある。いずれに身を置くか。時は濃く遣え。そう語りかけて時の流れに我が身を置くのみ。

2019/10/18

あちこちにガタがきて

  退職して8年。あっという間だった。あちこちにガタが来始めている。この一年で歯を3本失った。両眼の水晶体はもはやレンズだ。新築間もない頃(平成5年)に構えた沼津垣は、竹が傷んでほつれ始めた。玄関灯も壊れて新品に。昨年末にはキッチンセットがアウト。その前年はバスだった。今年3月末にはPC。退職年度(平成22年)の8月に大枚叩いたオーダーメイドのSONY製Desktopは、HDDの寿命が尽きた。しかもSONYはPCを撤退。修理不可でリカバリーできずだ。だが、このトラブルで換装を覚え、再生したPCでCloud(OneDrive)を使いこなしている。
 HPは開設して22年。来訪者は3万5千人を超えていた。「老いてけぼり」等というブログも2つほど起ち上げた。だが、それでも私の主たる情報ツールはfbに移っていった。なぜか。fbの「友達」の反応は素早く多い。二つ、私の1日はカメラ持参の散歩に始まるが、その生活日課に写真とfbが位置付いた。特に写真と相性がいい。三つ、fbを介してネット上に新しい友達が広がっている。

 毎朝見ている散歩の風景は瞬時に変わる。常ならずで、変化の波上に生きているようなものだ。この波のうねりは激しい。少年期、土用波の打ち際に飛び込んでは波向こうに浮かび、波に乗って磯に戻る遊びを楽しんだ…。何とスリルがあったことか。誰かが言った。舟を漕ぐものは船酔いしない。確かに。波を楽しむものもまた然りである。

沼津市教職員互助組合会員誌「にちにち」応募原稿

2019/07/29

佐々木投手の登板回避と部活の闇

部活ガイドライン 抜け道探る動き 「闇部活」の実態

名古屋大学大学院の内田良が表記の小論をWEB上に寄せている。部活ガイドラインの内容は、平成9年9月の体育審中間まとめの内容に近い。あれから22年、何ら変わっていないということだ。だが、その中間まとめも当時の高体連、中体連の組織をあげての抵抗にあって、本答申では消えている。大体が、部活動の負担軽減など彼らが賛成するわけがない。高体連も中体連も、新潟高野連の負担軽減にクレームを付けた高野連も、役員たちはその既存の体制の中で地位を得ている人たちだ。その彼らが自らの足下がぐらつくような改革に乗ってくるわけがないのである。そして、部活動の厄介なところは、特に高校は〇〇大学何人合格、全国総体優勝などを生徒集めのPRに使い、まるで自校の教育成果が有名大学に入れることやインターハイで好成績を修めるところにあるような振る舞いをしているのだから、そう簡単に改革ができるわけがないのである。現実を見たらいい。国際大会で活躍している選手たちで、部活動だけで育ってきた選手が何人いるのか。我が国の全体的な国際大会の結果を見たって、個人スポーツが殆ど。野球やサッカーだって、部活動育ちではなく、クラブ育ちが殆どだ。もっとも中体連の野球は軟式だが。もはや選手育成などは部活動では無理なのだ。大体が公立中学校は小規模校化でチームスポーツはチームを組むこと自体が難しくなっている。学校体育は生涯体育の一貫に位置づけて、ほどほどに、そして運動を好きになるところで十分なのだ。私学経営者もスポーツで経営しようとするなら、クラブをつくればいい。高校に在籍させて、例えば野球のために授業は適当でいい。成績不良でも単位はあげる、修学旅行は行かせず練習優先、なんてあってはならないはずが、それがまかりとおる。変ですよ。それは大蔵省、財務省、それに文科省の責任が大きい。部活動を容認し学校体育でスポーツ行政をやってきたおかげで、この国には、プロのスポーツ指導者が育たなかった。要するに科学的知見をもったスポーツ指導者が殆どいないという状況を生み出してきたのである。生涯スポーツ振興にはお金がかかる。余程学校で学校の施設を利用して、学校の先生方にまかせておいた方が安上がりにできるからである。逆にスポーツ指導者で生計を立てるには、水泳、柔道、剣道、最近では卓球、体操等、個人が入会できるスポーツの分野でしかない。奇しくも大船渡野球部の國保陽平監督は、筑波大学体育専門学群を卒業、社会人クラブチームにも所属し野球米国にも渡り独立リーグの選手にもなっている。さらに監督とはいっても体育科を担当するの教師なのである。大学での知見、米国での経験など国際感覚も有した監督だったのである。佐々木投手は奇跡的によき監督に巡りあったというべきである。
 野球は特別ではない。朝日新聞や毎日新聞が大会を組織しイベントにし記事にしているからおかしくなる。多くの他の種目と同様で、全国大会はインターハイなのである。一同に会せずともいい。5月から1週間に一度の地域リーグ戦や代表戦を7月までにやって代表が甲子園に集まったとしても、4日以上は開けるようにしないといけない。夏の暑さの中、汗と涙、連投にもめげず、ファンがドラマを見るために部活動をやっているのではない。そんな美化されたストーリーのために野球をやっているわけではないはずだ。
 終わりに一言。私は昭和50年代に部活動を学校体育から外に出し、学社連携で実施した経験を有している。私自身、部活動に熱かった教員であったが、この学社連携の育成会によって、①専門的指導者を得て部活動自体の成績は飛躍的に向上した。②これが何より。中学校において、部活動の時間的制約を受けずに、放課後、学習における個人指導や生徒会活動、学級会活動が極めて充実した。勤務時間内から部活動を実施していた他校にはなかったことである。

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