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Taku's World

ハロウィンの馬鹿騒ぎ 収穫祭は我が国にも

ハロウィンの馬鹿騒ぎは、世界中に広まってしまった。渋谷の法外な騒ぎはもう笑いものになっているのに気がつかない。そもそもハロウィンは夏の終わり、収穫を喜び、悪霊を払う古代ケルト族の祭りで、収穫祭という点では、我が国の秋祭りと似ている。が、ハロウィンではノリノリになるが、秋祭りの昨今はしぼむ一方で、祭りをやらない地域も出ている。農家がこれだけ少なくなっていれば、収穫祭なんてやりようがない。結局、ハロウィンは仮装祭りと化し、路上飲みして騒ぐだけの場所と化した。なら、ハロウィンなんて言わずに仮装祭りとでもすればいいものを。渋谷は、この時期、世界中の馬鹿者が集まる場所になってしまった。それにつけ、我が国にも、秋祭り、どんど焼き、節分、ひな祭りというような伝統的な祭りがあった。節分では豆まきが行われて、子供達は家々を回って、お菓子をもらった。ハロウィンと似ている。仮装はしないけれど。でも、今や盛り上がらず。忘れられようとしている。悲しいね。どんど焼きで団子作ったり柳を採りに行ったり…なくなったね。

2023/09/04

久しぶり 沼津市 市制100周年に寄せて

今年(2023年)、沼津市は市制百周年。市民憲章50周年の年でもある。22歳で教育界に身を置いて50年。感慨文を2本。やや過激に。

〇気がつけば半世紀 社会衰退の前兆           

 退職して12年経った。現職38年と併せれば50年。何と教育界に身を置き半世紀が経ったのだった。大学の卒業記念で後輩から贈られたのは鉄筆セット。今や、それって何?だ。PCで原稿を作成。印刷はリソグラフ。平成1桁年にB版はA版になって、今や非紙媒体へむかっている。黒電話、ダイヤル電話はスマホやメールに。本市50年、丸井も西武もニチイも消えて、ヨーカードも去った。閑散駅前通りに仲見世通り。うじゃうじゃ、わいわいが消えて、がらがら、すきすきに。
 教育界では、本県の採用倍率は10数倍時代から3倍以下、教科によっては2倍以下だ。学校の小規模校化に加えて教員不足が深刻。教職課程を開講できない大学もあると聞く。教員のなり手がいない。超のつく時間外勤務は50年前にだってあった。何が違うか。私の初任時は私のような未熟な教員を保護者達は側に立って大切にし、育ててくれた。が、今や保護者、地域のクレームに備えてピリピリだ。教員の、いや学校教育そのものの社会的地位は低下。塾や私学が跋扈するが、それは受験と部活。教員への敬いなどは鉄筆の今昔と同じ。学校教育は20年後・30年後の社会作りで、その社会の担い手を計画的に育んでいるのであって、受験成果が使命ではない。だから、学校教育の軽視や学校の教育力(授業力)の低下は社会(国)衰退への道となり前兆とも言える。  
 現職教員には難しい時代になった。正解探しの授業、教える、伝える技術や統率力よりともに学びあう授業づくりが希求され、授業改善が求められている。が、それが難しい。慶応高校の監督のように指導者と選手とのよき距離間を創るのも難しい。余程に研鑽せねば無理なこと。主体的な学びとは言うが、子供がその気にならなければ学びは成立しない。これまた難しい。教師は指導者から伴走者へとも。これ、またまた、だ。教師自身がよき学び手でなければ、それはイメージできずに途方にくれるだけ。うーん、10年後、危ないなこの国。

〇気がつけば半世紀 昭和は通用せず
 新卒でK中に着任して50年。半世紀が経った。私が中学2年の時に東京五輪で新幹線が開通。この年の高校進学率は67.7%で1/3は中卒だった。我が家も極貧で高校進学がやっと。大学進学のダの字もなかった。当たり前だが、大学へ進まなければ教員にはなれない。不思議にも、高校の先生方や沼津市のおかげで大学進学への道が開かれて教員になれたが、暫くして、職員室の先生方は全員が大卒。自分もその一人と気づいて驚いた(笑)。あれから50年。社会激変の様はすさまじい。今年、自治会役員に就いたが、正副会長は全員がほぼ60代後半を超えて70代が主役。昭和の申し子のような人たち(私も含む)だ。上り坂を皆で上って、高度経済成長を謳歌したが、1970年(平成2年)からの失われた30年を演じた社会の中堅層でもあった。上が下をグリップし、異論や異議は認めず、忖度させて全員一致。が、今や真逆。統一・均質より独創性や創造性を重視。皆違っていい、だ。社員旅行が消えて、社内運動会もなくなった。出社せずのテレワークも珍しくない。社会の変化は生活の隅々に素早く派生して、各個にその適応を求めてくる。だが、皆同じ世代は、それらへの適応を拒否。財界幹部は嘆く。日本人には分からないことはやらない文化があると。確かにだ。変化を受け入れず、分からないデジタル文化等は忌避して、「不易流行」と宣う。不易流行の本意を間違えているが。
 60歳で皆一斉に退職。能力があろうが、なかろうが皆平等に定年退職するから不平はない。これがidiot。中韓は有能な我が国の退職者を高額で雇用して利用して自国の産業経済に活かしてきた。結果は知るべしで、頭の中がぐらぐらしてくる。
 今、多くの組織で中間組織が綻びかけている。問題や課題を内包するリアリティは末端にある。昭和手法のままに末端からは離れた中間組織が、上から目線で協力要請しても、末端はうるせーなあだ。それが具体に現れたのが、松山、高知両市P連の県P連からの脱退だ。
 自治会も違わずで、昭和世代が役員を占めて、昭和のままを演じ、住民の不協力を嘆く。上から下へではなく、下から上へで、住民自らの参画が重要な時代になっているが、その時代認識に立てない。だから、反対や異論、異議を嫌う。下からの声こそ重要なのだが。行政もよろしくない。自治会は自治の会であって、役所の出先ではない。ここにも昭和の残滓、上から下への意識が働いている。その上から下への伝達手段が回覧板で、そもそも、回覧板は昭和15年、内務省発のものだ。それが今なお続いて、HPやネット活用に至らない。まだ、時期尚早で全員が使えないと昭和世代は言うが、全員ではない。昭和謳歌時代の人たちだけだ。で、回覧板という昭和初期が今なお続いて悠久不変。不思議な世界である。

○子供たちの65%は将来、今は存在していない職業に就く (キャシー・デビッドソン・ニューヨーク市立大学大学院センター教授)
○今後、10年~20年程度で、半数近くの仕事が自動化される可能性が高い。(マイケル・オズボーン氏 オックスフォード大学准教授)

2023/01/17

獺祭 旭酒造櫻井社長に学ぶ

昨年薬剤師になった姪っ子から、新年ご挨拶で獺祭をいただいた。そんな高価なお酒を呑んだことがなかったので、仏壇に供えていたら、生もの、できるだけ早くお飲みください、で慌てて封を開けた。獺祭、元旦届けとあった。ワイングラスで香りを楽しみ、喉を通した。甘く芳醇な香だ。「私たちはWineのような日本酒を造ろうとは思っていません。」日本酒らしい日本酒を造ろうとしている意気込みが感じられる。これなら売れると思った次第。だが、その味以上に、この獺祭を調べていく内に、獺祭の櫻井博志社長を紹介した「ぼくらの履歴書」に行き着いた。https://employment.en-japan.com/myresume/entry/2020/06/16/103000 「小さな蔵元で売り上げ減少、廃業寸前から世界の銘酒へ。杜氏の寒づくりから脱却。今日と同じ明日は来ない。何かが起こる前提でやるしかないと櫻井社長。今や世界の獺祭。ぐっと来た。」 とFBに書いてupした。社長の仰るとおり、今日と明日は同じではない。今日は昨日とも異なる。昨日またかくてありけり 今日もまたかくてありなん、ではない。その変化を見つめる目が大事だし、その目があるかどうかで明日を開けるかどうかが決まる。気づきこそ大切なのだ。

2023/01/15

知的で素敵な人であってほしい

昨日、静岡出張があって、通勤時間帯を少し回った頃の電車に乗った。座ったシートはシルバーシート。70歳を超えた高齢者だから、まあいいだろうと座ったが、私より高齢者が乗車してきてシートに困っていたら、席を譲ろうと覚悟を決めていた。車内は空いていた。よかったである。富士辺りから1人の清楚にコーディネイトされた服装の妙齢な女性が乗ってきた。彼女は脇目も振らずシルバーシートへ。服装からくる印象と行動とのギャップに驚いた。だが、それだけではない。質実なリュックから百均で売っているような小物入れを出すと、その中から化粧道具を出して、車内化粧を始めた。えっ!である。この人が?服装から沸き立つイメージと余りに違う。そうして、一通りのメイクが終わったら、それらを件の小物入れにしまった。次にスマホを出して、さかんにスマホを見ている。私はざっと車輌内を見渡した。スマホを操っているのは6人。読書していた1人の若者がいた。何やら文化の違いを感じた。件の彼女は草薙で降りた。まさか、県立大や常葉大の学生ではあるまい。学生の年齢ではなかったからだ。目くらましを受けたような感じになって静岡まで乗車した。

2023/01/06

明日は松の内が明ける 伊勢飾りはどうしよう

本日は1月6日で、明日は7日。松の内が明ける。松の内とは11日から7日まで。で、7日に七草がゆを食す。セリ ナズナ/ゴギョウ ハコベラ/ホトケノザ/スズナ スズシ。この7草を取りそろえるのは難しい。今や7草はセットとして販売されているが、高価。朝、7草がゆを食して、松の飾りを下ろす。関西はじめ西日本では115日まで。なぜ松の内というかというと、松は依代だという。年神様が門松、松飾り、鏡餅を依代にして滞在される。松を飾っている間が松の内。でもな、近年、注連飾りはあっても、門松や松飾りは殆ど見なくなった。3日に池上七福神巡りに出かけたが、池上本門寺周辺で見られたのは、門扉の両脇に松がしつらえられていて、それに輪飾りをつけたものが多かった。両脇に飾るからか、門扉は中央開きが殆ど。我が地方では玉飾りと呼ばれているものが玄関飾り。近年は小振りなものが多くなった。百均で、500円で販売されているのには驚いた。これら依代を飾っておく期間が松の内。
 さて、明日は1月7日。私は悩む。今年の我が家の正月飾りは伊勢内宮辺りで伝統的に飾られた「宇治飾り」で門扉を整え、玄関は伊勢飾りを据えた。伊勢飾りは伊勢地方では1年中飾ってある。蘇民将来子孫家門と書かれた木札が中央にあるものだ。この木札は依代というより護符。これは、前回少し触れたが、牛頭天王即ち素戔嗚尊にかかる伝説に基づいている。
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古事記によると昔、伊勢の地を旅した須佐之男命が、夕暮れに泊まるところがなく困りはてていました。この地には、将来兄弟という二人が住んでおり、弟の大変裕福であった巨旦将来に、宿を頼んだが、これを断られてしまう。その兄である、大変貧しい暮らしをしていた蘇民将来は、この頼みを快く引き受け、貧しいながら、出来る限りで、もてなし一夜を過ごした。須佐之男命は、これを大変喜び、一宿の恩返しとして、茅の輪を与え、「後の世に疫病あらば、蘇民将来の子孫と云いて、その茅の輪を腰に付けたる者は、難を逃れるであろう」と言い残した。以来、蘇民家は、後の疫病が流行っても免れ、代々栄えたという。この故事にあやかり、「蘇民将来子孫家門」の護り札をしめ縄に付けて、一年中門口に飾り、無病息災を願う、慣しとして今に受け継がれている。 http://shimenawa.net/
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護符故に年中掲げておくか。そうは言っても我が家は伊勢・志摩ではない。外してどうしようかとこれまた悩む。

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