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朝の散歩 荘厳な1日の始まり

私の朝の日課は、午前5時に起床。それから散歩に出かけ、6時半にきちんと家に戻り、朝食を摂り、支度をして7時10分には家を発って出勤しています。
 散歩のコースは毎日同じです。必ず万歩計とタオルを持参し、途中にある掘り抜き井戸からわき出る地下水で顔を洗い口を濯ぎ、一口の水を味わい、気を改めて再び歩き始めます。タオルはそれ用の必需品です。掘り抜きでの一支度が終わると国道1号線(国1バイパスと地元では言っています)添Sanpoyoake_3いの沼川縁に出て、それからぐるっと田んぼ中の団地を周り、再び沼川縁に戻って、今度は西行し帰路に着きます。朝まだきの中、沼川に遊ぶ鴨に混じって、水の中にじっと餌を漁っているSirasagi白鷺がいます。やがて東の空はたなびきオレンジ色に染まります。散歩も、我が家近くに至って沼川の橋上から東を望めば、一直線になった沼川の水面の上に昇り始めたばかりの太陽が黄金色に輝いています。富士も朝色に染まっていますその美しさを喜び帰宅するのが毎日の日課です。何という贅沢。(同じような贅沢は学生時代にありました。 
 12月、1月の散歩はコース変更です。好きな沼川縁を避けて外灯のある中道を東に向かいます。この頃の朝5、6時といえば、漆黒の闇に包まれたままです。沼川縁の小道を東上すると国1を西に向かう車のヘッドライトで、一瞬、視力を失って道が消えてなくなります。暗い早朝、人々は動き始めます。朝の早い民家からは朝餉の灯りが漏れてきます。散歩途中の「すき家」では朝食を摂っているお客もいます。閑散としてまばらな店内がこの時間らしさです。徐々にして静かな1日が荘厳に始まっていきます。夜明け前のわずかな隙間のような瞬間に私も確かに存在しています。
 朝の8千歩で私の器官はすっかり目覚めます。吐く息は白くても体はなんとなくポカポカとして活動的です。そうして朝のひとときに確かな生の充実を感じて私の1日が始まるのです。
 一昨日、数年ぶりにすでに退職された先輩に会いました。定年退職した後、再就職を経て現在は非常勤嘱託で勤められているとか。先輩はしみじみと仰いました。非常勤の不安定な日課より常勤のリズムを持っている方がどれほど幸せか分からない。
 妙にこの言葉が染みいってきました。私の朝の散歩も、結局は職場をもち、スケジュールされた時間の中に位置づいています。「時間の限り」を持っているのです。散歩に出る時間は必ずしも一定ではありません。10分くらいの遅れは珍しくないのでけれど、不思議と帰着するのは6時30分です。恐ろしいほどの人間の時間感覚です。
 時間の限りがあるということは、自分の生活の中に習慣をもたらせている!ひょっとすると定年後離職した後の最も危険なことは、「時間の限り」が意識の中から消えて、リズムが消えることかもしれません。

 

2012/01/01

和服姿でオンリーワン

あけましておめでとうございます。本当はこう書いていいか分かり201211misimataisyaません。昨年母がなくなって喪中。新年のご挨拶ご遠慮申し上げます。控えさせていただきますというべきでしょう。それでも、除夜の鐘とともに近所の浅間神社に初詣に甘酒を勧められて口中難ありで、次いで伺った菩提寺では、つみれ汁にお酒、さてさて、何のための初詣やら?夜が明けて、恒例の三嶋大社詣でに。神仏加護の祈願のまるで「はしご」ですね。三嶋大社へは、和服に着替えて、身を正し。ところが、JR三島駅から大社まで私はオンリーワン。境内に入っても和服は見えず。あのごちゃごちゃと混み合った参拝者の中で、私は和服オンリーワンを演じ、衆目を集めていたのでした。結局、三島駅に帰りつくまでに見かけた和服男性は3人。女性は4人。合計7名。おそらく5000人はくだらなかったでしょうから、その中のたった7名。もう少し観察を厳しくすると女性スカートも皆無に近く、同様にスーツ姿の男性もいません。今から20年ほど前はこうではなかったというのが感想です。和服ならずともネクタイにスーツだったり、女性もまたそれに近い出で立ちで現れました。それが、この変化。
 さて、どうして?
 今年、見受けた他2名も含めて年の頃は50歳後半以上。かつては、若者に和服姿が見られ、それもカップルというのが珍しくなかったのですが、今や晴れ着ではなく普段着で、それも不思議と一様です。ユニクロファッションとでもいいましょうか?神様もずいぶんとフレンドリーになりました。でもね、ファッションの色は黒、灰色、紺、茶が基調でドブネズミ色です。景気を反映しているのでしょうか?
 私がなぜ、和服かと言えば、それは正月だからで、せめて1年に1度は和服で衣を正しという心持ちが働くからです。かつての日本には折口信夫らが指摘するハレとケの文化がありました。晴れ着、祝い膳ですね。そういう季節の節が生活の中から消えて、熱帯気候のような衣食住です。節々が生活から消えています。節は強くしますが、節のない脆弱さは我が国の姿のようなものです。
 どうして和服が消えていくか?①レンタルが一般化している。正月にわざわざレンタルまでして和服を着るものはいない。それに成人式まで近い。②高価。いつの間にか和服は高価になって、足袋から襦袢、帯、雪駄または下駄、その他一式そろえると万の桁が二桁に上る。ちょっと生地にこったら、それこそ目が飛び出てしまう。しかも着る機会は一年に1度か2度。買って着るわけがありません。③面倒。本来は、これほど便利な衣装はありません。基本的に体を布で包んで紐(帯)で縛っておくだけのものです。しかしながら、その着こなしや縛り方に結構知恵を絞りますから、一人で着こなす人が殆どいなくなりました。それで着付け。Wahuku屋が繁盛。だいたいが衣装を身にまとうのにお金払って誰かに着せてもらうようなものが広まる訳がありません。さらにちょっと汚れたら、染み抜きや洗いに出します。ワイシャツを洗濯屋に出すのとは訳が違います。これも万のお金です。廃れるべくして廃れる。当然の帰結ですね。でもね.着物という衣の文化は我が国の伝統文化であり.心です。普段は洋服でも、1年に1度くらいは…。そう「節」ですね。生活の中にハレという節があることで、己に帰るのです。居住まいを正す。今や死語になっている、この心がどこかに生きている世の中でありたいと思います。
 本当はもう一つ私が和服を身にまとう理由があるんです。綾小路きみまろの爆笑スーパーライブに「最後に見たものは」というのがあるのですけれど、中高年はいつ何どき何があるか分かりませんから、今年和服が着られたとしても来年はどうか分かりません。そう思うと、1年に1度和服を着られる幸せを感じるのです。もちろんです。しっかり写真に納めました。ひょっとするとこの写真、どこかで使われるかもしれませんね。元旦早々失礼しました。

2011/12/25

この頃短気になったわよー あやしうこそものぐるほしけれ

本当のところは分からない。平成9年当時、国家財政は476兆円の赤字だった。その前年、橋本内閣による6大改革が行われ、やがて自民党の参院選惨敗につながっていく。この改革の根っこには当時としては膨大な、この財政赤字があった。それが小渕内閣によるばらまき財政出動を経て、今や1000兆円になろうとしている借財だ。我が国の国民は生まれたときから1000万を超える借金をしていることになる。
 大阪の橋下市長がおもしろいことを語っていた。「選挙で選ばれることと能力は違う。」
 よくぞ言ったものだ。選挙で選ばれてきた代議士なり議員が、その道のプロの官僚にそうたやすく勝てるわけがないし、実際、実務から見た、メリットもデメリットもリスクも行政マンは百も承知だ。それに、選挙に勝とうとすれば甘い話をするしかしない。その典型が民主党のマニュフェストだ。実務の裏付けや官僚の協力がない限り、あんなんのは不可能に近い。でも、それに国民は酔う。民主党だけではない。そもそもがこの国家の危機的財政状況をつくって来たのは自民党そのものだ。街をいけば共産党が街頭演説を打っている。浜岡原発がいかに危険かを蕩々と語っている。その通りだ。さて、危険なのは分かった、同感だ。さて、御党はどうされるのか?と耳をたてて聞いていると、「だから皆さん、一致団結してがんばろうではありませんか」だ。耳障りのいいことばで問題の核心をさらりと躱す。だから、電力需要はどうするんだと聞きたいけれどやめておいた。まともな答えが返ってくるはずがないからだ。「だから皆さん、暑さにも耐えて、寒さにも耐えて少しでも節電に努めようではありませんか」とか「だから、皆さん電気代は高くなっても、火力発電を導入しようではありませんか」「だから、皆さん、お金がかかっても太陽光発電に踏み切りましょう」なら分かる。危険なこと、そうあってほしくないことは、誰だって分かる。同感、同感、異議なしだ。だが、知恵を絞るのは、ここからだ。さて、どうするか。この段階で思考停止する輩が実に多い。だから、言われるのだ。「選挙で選ばれることと能力は違う。」選挙で選ばれるなら、前半だけで十分。いや、後半は言ってはいけない。せっかく温まった体に冷水を浴びせるようなものだ。
 耳障りのいいことを言って人気を得る。それで、財政に圧力をかけるから益々借財は膨らんでいく。そういう歴史だった。
 東郷平八郎も山本五十六も、平成の時代には出てこないであろう。事にあたり、命を懸けて責任をとるようなリーダーは今や化石だ。まともな事を言えば、マジーとやられて以降は相手にされなくなる。気概とか使命とか責任とか、それらはもはや死語に近い。
 ローマ帝国は退廃で滅んだたというけれと゛、親は給食費は払わず、パチンコに興じ、離婚すれば生活保護を要求し、弱者を対象に振り込め詐欺を働く、それも中学生から老人までもだ。マスコミだってそうだ。叩いても喝采されるところだけを叩く。まじめな公務員など格好の標的だ。
 
 あなた、この頃短気になったわよー。寝言までぶつぶういっているわよー。家内は退職後の私の変化に気づいている。ぶつぶつ。いけない。いけない。あやしうこそもおぐるほしけれ

2011/12/03

何事も地図が必要ですよ

 旧東海道往復踏破が終わって、旧中山道を草津より日本橋方面に向かって歩き始めて、現在は、司馬遼太郎書き下ろし作品、「無名の人」所郁太郎の生地、美濃赤坂に至っています。
 ところが、です。すでに旧東海道を往復していますので、中山道と東海道とが合流する(西から向かうと分岐する)草津以西は略して歩き始めたのですが、何となく気が収まりません。何か決まらないのですね。旅はやはり、出立と終着があってこそです。旧東海道、旧中山道ともに京三条大橋から江戸日本橋までですが、江戸期の実際は、江戸・大坂間、東海道57次でした。大坂城落城後、徳川家康は、伏見、淀、枚方、守口の4宿を整備。京を迂回するようにして、西方からはこの4宿を抜けて髭茶屋追分、大津のルートを確立したのでした。それで今回は上方の起点、大坂高麗橋から草津まで歩いて、中山道の歩き旅につなごうとしたのでした。
 9月30日は勤務切り日で休み。前日の21時45分、沼津駅北口発の夜行バスに乗って大阪駅桜橋口へ。着いたの翌午前6時少し前。鉄路が好きな私は、ムーンライトながらに乗りたかったのですが、今やこれは季節列車になっていて、この時期は運行なし。それで、ウィラーバスを利用。初乗車でした。驚きました。何しろ大阪までシルバー割引で3100円。(なんていたってシルバーですよ。東京向島百合園でシルバーは無料の恩恵?を受けた時はショックでしたけれど、もう麻痺ですね。)体を精一杯伸ばせるリクライニングにフード付き。まるでAIRのビジネスです。これではJRが寝台など夜行列車から撤退していくはずです。目の当たりにした社会の変化でした。
 JR大阪駅からは地下鉄を乗り継いで高麗橋へ。里程元標跡を出発し土佐堀通り、淀屋橋を渡り、大坂城を右手に見て、京橋口、京橋商店街のアーケードを抜けて守口へ。守口から文禄堤、八雲へ。このあたりまでは順調?でもなかったが、そぼ降る雨も気にならず、さて…よせばよかったのに。鵜飼大橋を渡り、鵜飼和道へ。何と摂津方面に来てしまったのでした。街道が見つからず大迷走。京街道(大坂では東海道とは言わない。京街道です。意地ですね)は淀川堤上にあって、そのまま進むのが正解。右往左往して2時間。大阪モノレール南摂津駅で駅員さんに道を尋ね、八雲の淀川縁に戻って、また道を聞き、ようやくにして堤上の街道に戻っても、またもや、淀川堤を外れて、国道1号へ、それも不安で170号線。結局諦めて京阪本線香里園駅へ。目標の枚方へは及ばずの旅でした。
 雨中6万歩。歩きに歩いた末の迷走劇。そもそも無謀だったのは確かな地図を持たなかったこと。年をとると妙な自信と意地が生じて、かような失敗をしがち。何事にも周到な準備は肝要。退職後、自分を俯瞰する地図はやはり大切でした。

 香里園駅からどうしたかって?京阪本線で三条まで行き、三条大橋を渡って、東海道を歩ききったとき祝杯をあげた「がんこ」のカウンターへ。しばしくつろぎ、バスとセットのホテルモントレ京都の13階の天然温泉スパへ。ぎりぎりまで休んで、八条口へ。八条口24時45分のウィラーで沼津駅北口へ。翌8時でした。これは遅くてきつかった。でも熟睡でした。

2011/11/28

W杯日本男子の連敗 ルールで負けるアジア

W杯バレーで日本男子は連敗中のところ、昨日はエジプトに本日は中国に連勝し、大騒ぎ。本日敗れた中国チームは未だ勝ち星なしで、最下位。それにつけてもバレーボールが本当につまらなくなりました。私はバレーボールが大好きでしたけれど、こんなのスポーツではありません。スポーツでも三流スポーツです。一流スポーツは、特定の民族に有利なルール改正など絶対しません。しかしながら、バレーボールは、マーカーよりボール一個分の位置に立てることになっていたアンテナをマーカー位置にして、アンテナ間を狭め、その昔はブロックだってワンタッチに数えていたのをブロックワンタッチを認め、さらにはあのラリーポイント制です。もはや24点からの大逆転などありえず、精神力が入り込む余地がなくなりました。高さ重視で幅を奪い、高い選手が有利なワンタッチ制の導入。粘りで逆転などあり得ないようにし、最終局面からの大逆転はルール上できないスポーツになってしまいました。結局、体格のいい欧米人用のルールでアジアは戦っており、現にパワーがものを言う男子ではアジアはことごとく下位に低迷しています。女子だって、3位4位と中国・日本が占めましたが、体格差のハンディは歴然としていました。ここで提案。いっそのこと、体重制ならぬ身長制で、平均身長によってコートの広さを決めたらどうでしょうか。もちろん、身長が低いチームのコート面積は狭くするのです。ついでの最低スポーツはスキー、ジャンプ競技に複合かな?4流の田舎仕舞いを見ているようなものです。風の抵抗を受け止めるスキー板の長さを長身選手に有利になるよう改めているのですから巨人国が有利です。長い板を技術で操作でき身長差をカバーするなどできっこありません。そればかりではありません。たとえば複合で日本が勝っても、どんどんルール改正して勝てなくしてしまいますから北欧選手は気楽です。待てば海路の日和よりです。まるで、勝つためには何でもする北○○と同じです。スキー板ルールはそのままにして、ハンディをつけたらどうでしょう。スキーの板が短いほど跳んだ距離に加算すると仕組みです。できっこありませんが…。

2011/11/15

日本語は正しく

「お茶は入りました」。いいねえ、この言い回し。お茶を入れた方は「私がお茶を入れました」などとは言いません。わざわざと自動詞を使って、自分のふるまいであることを次の間に隠しています。「衣錦尚絅」。この慎ましやかさ!コップが割れた!ガラスが割れたなどと言ってひどく叱られたという話を聞いたことがありますが、こちらはコップが自ら割れるわけがありませんから、言い逃れの表現です。それで「コップを割りました」「ガラスを割りました」ときちんと認めた言い方をしなさいと叱ったということです。これは叱る方が立派。
 毎朝乗車するJRでは、「車内混み合いまして大変ご迷惑をおかけします。」と車内放送が流れます。実際大変な込みようですけれど、こう言われると混み合わせている自分が悪いような気分になってきます。本来なら、「車内、混み合わせて大変ご迷惑をおかけします」とアナウンスすべきところでしょう。いや、「車内混み合わせて大変ご迷惑をおかけします。当社にとっては喜ばしい限りです」。この方がJRの気持ちを適切に表現しています。こうアナウンスされると正直で微笑ましく、満員電車に笑いが生まれるでしょう。混み合わせてご迷惑をかけているという自覚がおありなら、車輌を長くすればいいのですけれど、それができないというのが実情。競合路線が名古屋方面に控えていますので。ですから、「静岡県の皆様には、豊橋以西のJRの充実のためにご辛抱ください」。この方がもっと正直で誠意にあふれています。一句。「乗客を立たせてうれしいJR とうかい~♪」。日本語は正しく。

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